ミモザの城ーコルバン家の兄弟
戸口から金髪の美男子が立ち去っても、メイド達の興奮は覚めやらなかった。
先ほど、湯が沸くのを待ちながら、持参したドレスのシワとりについて話しているところに、ひょいっと戸口から長身の金髪男性が端正な顔を覗かせたのだ。
「愉しげな声が聞こえて、誘われてしまいましたよ」
ともすれば冷たく見えがちな整った顔立ちに気さくな笑みを浮かべ、ゆっくりと室内を見渡しながらルナを凝視した―――ようにルナには感じられた―――視線は、さりげなく外された。
声を聞けばルナにもすぐに男性が特別客の従者だとわかったくらいだ。あちらも調理場の外からでも、ルナの声に気が付いていただろう。
「今、戻ったばかりで喉が渇いて。私も一杯いただいても?」
この上なく感じの良い笑顔で言われて、一番端近にいたルナが「栄誉ある一杯」をお淹れすることとなった。
ヘザーの為に手元に用意していたのは、乾燥させた花芯近くの小さなバラの花弁で香り付けした紅茶。シスターリリーの提案だ。
「ブレンドですか、珍しいですね」
前回の会話を覚えていると伝えるかのようになぞる彼に、前回はリンゴだったと、ルナは遠い目付きになった。今さら何を隠しても意味がないと思えた。
「ところで、あの方はどなたなのかしら?」
メイドの一人の問いに、意識が椿館からミモザの城へ引き戻される。そう言えば、どなたなのだろう? 椿館でも思ったが、気の張る一週間になりそうだ。
ルナは大きく息を吐いた。
「着いた初日はお疲れでしょうから、どうぞ皆さんだけでお夕食を」との思いやりのある申し出を受けて、公国令嬢五人での夕食となった。
今夜もディナーに合わせて着替えはしたが、相手のある正式なディナーともなれば、支度はこれ位では済まない。荷解きに時間が欲しいメイドにとっては、この上なく有難い配慮で、ルナ達は心から感謝した。
今夜の夕食は、この城では気楽なダイニングだという適度な広さの部屋に案内された。
ご令嬢方が、盛り付けも美しく内容も量も旅の疲れを配慮したと思われる料理に感じ入りながら、食事を済ませたところへ、交流会責任者である王国伯爵コルバン家令息シャルルが顔を出した。
到着時に顔は合わせているが、その時は公国一行に何事も無かったことを確認するとすぐに立ち去られた。ルナより年長のメイドによれば「お化粧直しもまだの女性の顔を見ないように配慮されるところが、いかにも王国男子らしい」そうだ。
「ようこそ王国へおいで下さいました。この度の交流会のホストを務めますシャルル・コルバンです。シャルルとお呼び下さい」
少し緊張気味ながらも懸命に挨拶する姿は、年相応で好感が持てる。若君セドリックと同じ世代ながら、シャルルの方が少し幼く感じるのは、セドリックが大人びているのだろうとルナは認識した。
ヘザーが年相応の十三歳らしい令嬢なら、身長はルナと同じくらいで見事な金髪に榛色と表現される色の眼をしたシャルルは十五歳らしい令息だ。まだ少年らしい優しい顔立ちと細い体つきは、これからぐんぐん成長するのだろうと思わせる。
本来なら大人がすべき事を、経験を積ませるとして若者が行うのもこの交流会の特徴だと、ルナは事前に聞いている。それを支える裏方は皆大人であるものの、よい成長の機会には違いない。などと実は最年少参加のルナが密かに思っていたりした。
ご令嬢方が、公国の子弟代表として相応しくあらねばと、精一杯優雅に挨拶を返すのを、それぞれのメイドは「うちのお嬢様が一番」と贔屓目で見守っている。
「男爵ケンドール家の長女ヘザーと申します。お招きいただいて光栄に存じます」
愛らしく丁寧に一礼するヘザーに、成長したと感動を覚えるルナも勿論「うちのヘザーが一番」だ。
「シャルル、そろそろデザートが出る」
控えていた給仕に合図をした男性が、言葉と共に入室した。王国貴族らしい蒼い瞳とシャルルと同じ金の髪に、令嬢方のキラキラとした視線も揃ってそちらへと移る。メイド達は調理場でお目にかかっているが、令嬢方は初顔合わせだ。
一瞬で空気が変わったのを見てとったシャルルが、笑顔で紹介する。
「兄のアラン・コルバンです。皆さんのお気になさるところでしょうが、残念ながら兄は今回の参加者ではありません」
これが聞きたいんですよね、と屈託のない笑みを見せる。
「年令が超えていますので。二十一と」
シャルルに兄と紹介されたアランが良く似た笑顔で補足する。二人並ぶと、間違いなく王国でもご令嬢の人気を集める兄弟だろうと思われた。
兄がいるという事は、シャルル様は跡継ぎではない? でもヘザーの家のようにいくつか持つ爵位を分ける事もよくある。コルバン家の跡継ぎでなくとも結婚相手として問題はないのかも知れない。
脳内でシャルルとヘザーを勝手に組み合わせて、ルナはそう判断した。
明日のお昼前には王国貴族ご令息五人が到着し、様々な催しが予定されている。行事に合わせて着替えをし、髪も整え、帽子選びも必要だ。ルナの仕事は身に付いたものから、し慣れないものも含めて山ほどあり既に目眩がしそうだ。
デザートを堪能するご令嬢方の後ろに控え、メイドらしい微笑を貼り付けた裏で、明日の段取りを考える。
集中していたルナは、アランにその姿をずっと見られていたことに気がつかなかった。




