ミモザの城ー再会
公国の令嬢一行が到着したミモザの城は、花盛りだった。
城門をくぐり抜けて走る馬車の両脇にも、今が盛りのミモザ、ミモザ、ミモザ。さすがに「ミモザの城」と呼ばれるだけの事はあり、ルナが見たことのないほどの大木に育っている。馬車の窓から見える景色は、まるで黄色の雲か波のように黄一色に染まり、他には何も見えない。
歓声を上げたうら若い令嬢方に、側につく護衛達からも笑みがこぼれた。
小ぶりな城、と言っても「城」というものを目にしたことのないルナには、ミモザの城はとても大きく見えた。「女性らしい城」と評されればそうかもしれないけれど、堅牢な造りで、どっしりとした威圧感はあるように感じる。
現在、住居として常には使われてはおらず、王家所有のこの城は、今回のホスト役である伯爵コルバン家が代々管理している、とルナはセドリックに教えられた。
城の内部については、シスターリリーが図を描きながら大まかに教えてくれた。教えてもらった絵では、その豪華さまではわからない。
色の違う大理石を組み合わせて精緻な紋様を描き出した踏むのも恐縮するような床。恐ろしく高い天井の玄関ホールはとても広い。白い天井にもレリーフがあるようだが、何しろ高過ぎて、ルナの目ではそれが動物なのか植物なのかも判別できない。
圧倒されるルナの隣で「ここで舞踏会が開けそうなほど広いわね」とヘザーは屈託なく言い、興奮を隠さない。ヘザーを含めた公国の令嬢方の嬉々とした愛らしい声は、共に着いた護衛を含め大人達の雰囲気を一気に和らげた。
年によっては、物静かなご令嬢ばかりの回も有るのだと聞く。今回はヘザーもいることだし、和やかな交流会になりそうだとルナは安堵した。
しばらく滞在するヘザーの為に用意された部屋に、馬車から降ろした荷物を運んでもらった。五人のメイドのうちの誰が言い出すともなく、荷解きをする前にお嬢様方にお茶で一息入れていただこうという流れになる。
荷を開けたらすぐにメイドは、ドレスのシワを確認し―――不運にもシワが出来ていたら伸ばす必要がある―――、アクセサリーの数を数え、鏡台に普段と同じ位置になるよう化粧品をセットし……とにかく、お嬢様が快適に滞在出来るよう思い付く事全てを片端からしなくてはならない。
お屋敷ならば数多くいるメイドが、旅先の今は一人だ。荷解きを始めてから「お茶が飲みたいわ」と所望されて、仕事を中断しては捗らない。
というわけで、城にいくつかあるらしい調理場の「小さい方」―――本格的な調理には向かないが、滞在中はいつでもご利用下さいと説明された―――にメイド五人が集まり、それぞれのお嬢様にお好みの紅茶を届けることになったのだが。
「ブレンドですか、珍しいですね。味もいい」
調理場のドアに背を預け、優雅にカップとソーサーを手にした男性が、口元に運んだ紅茶の香りに目を細めている。
「公国のメイド殿は、皆そのようにご令嬢のような美しい手つきでお茶を淹れるのですか?」
微笑と共にそう口にするのは、公国ではあまり見ない金髪と蒼い瞳をした男性。
涼しげな目元、通った鼻筋。すっきりとした頬から顎にかけての輪郭も美しい。くだけた様子の白シャツに黒い乗馬パンツ、柔らかそうな乗馬ブーツは、似合いすぎて正視するのも辛いほど、姿が良い。
そんな男性に誉められて、メイド達は「きゃあ」と悲鳴に近い歓声を上げた。
「このブレンドは、あなたが?」
ルナには聞き覚えの有りすぎる声。言い回し。
「いえ。お嬢様の指示でございます」
ルナが答えると、チカッと男性の目が笑った。
それだけで、またメイド達から声にならない悲鳴が上がる。
「メイド殿、名前は?」
これも覚えがある。もっともその時、名を尋ねたのは「特別客」で、この方ではなかったが。この方はその時には黒髪で、金髪ではなかったけれど。
今思えば、特別客の黒髪には違和感があった。ルナは、お召し替えを手伝う際に間近で見た特別客の黒髪を思い出す。二人とも金髪を黒髪に染めていたのだろう。
公国でも金髪は、珍しいというほど少なくはない。瞳の色との組み合せによっては、目立つかもしれない程度だ。もし目立ち過ぎるほど目立つとしたら……金髪に青い瞳、紫の瞳の二人連れだろう。
「アンでございます」
「スーザンでございます」
声を弾ませ、口々に名乗りながらメイド仲間が挨拶をする。
「困るとその顔になるのだな」
微かに耳に入った声に、はっとする。一番近い位置にいるルナ以外には聞こえなかったらしい。皆、表情は変わらない。
前回はソフィアだったが、今回はルナで同行許可書も出ている。ソフィアと名乗る訳にもいかない……「ソフィア」とルナが同じ顔だとしても。
「ルナ、と申します」
まっすぐに眼を合わせて名乗るルナに、「特別客の従者」は鷹揚に頷いて紅茶を飲み干すと、音ひとつ立てずにカップをキッチンテーブルへと戻した。
「皆さんを心より歓迎します。ようこそ王国、このミモザの城へ。滞在中快適にお過ごし頂けるよう願っている」
完璧な笑顔で挨拶を返し、去り際にルナへと一瞬笑みを深めた。
……大した役者ぶりだわ……
ルナは着いてすぐの初仕事、お茶一杯で疲れを感じた。




