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ルナの帰還・1

 レオンは夜明け前に公都を出て、馬車なら一日かかる距離を、屈強な軍馬を二度乗り換えることで、三時間あまりで教会へ着いた。



 いつものように慈愛に満ちたシスターリリーの出迎えを受け、勧められた朝食を立ったまま摂る。



 温泉街まで馬で行き、現地に馬を残したままルナを連れて徒歩で山越えし、下りきった地点に準備された別の馬で教会へ戻る。それが、シスターリリー(アイアゲート)の指示だった。


 理由説明が全くないところが、上司ジャスパーに似ていると思っても勿論、レオンは余計なことは口にしない。


 アイアゲートによれば、温泉街と町との間にある山には古くからの巡礼道があり、数少ない徒歩での巡礼者の為に、道の確認は半年前に済んでいるとのことで、迷いそうな分岐点を詳細に教えられた。


渡されたルナの着替え一式を持ち、レオンは一度も腰かけることなく教会を後にした。






「万が一の為の行動です。今回に関しては実際に事が起こる可能性は、ほぼないと見ています。演習と考えて下さって結構です。打ち明けるのは、あなたが演習だからと手を抜かない方だと存じ上げているからですよ」


 見事な微笑で告げられては、腹も立たない。アイアゲート女史の「演習」について、上司がどこまで把握しているかは不明だが、あの上司なら顔色ひとつ変えずに言うのだろう。「アイアゲートが選ぶのなら、最善の策だ」と。


むしろ女史の「演習」に上司込みで参加させられている気にもなる。全てはアイアゲート女史の立案のもとに。それが恐らく正解だと、レオンは結論づけた。


 現状のルナの体力を、把握させるつもりもあるのだろう。ルナはハリーと自分にとって大切な生き証人であり、ある意味友人の忘れ形見のような存在だ。


 アイアゲート女史にも、育てている以上にルナに対しての思い入れがあるように感じられるが、そこは詮索すべきではない。


 猛獣の尾を踏めば即座に喉を食い千切られる。そして上司ジャスパーは言うのだろう。「アイアゲートがそうしたならそれは最善の策もしくは唯一の策だ」と―――例え部下が殺されても。


 レオンは、口元に笑いを浮かべた。鉄面皮の上司のアイアゲート女史へのあまりの信奉ぶりが似合わない事この上ない。演習と教えられ、余計な力は抜けたが、どちらにも己の実力は示さねばならない。



 全力で走るのでなければ、馬上は物を考えるのには最適だとレオンは常々思っている。そもそも、全力で走らせなどしたら軍馬とはいえ短時間しかもたない。


「開始といこうか」

レオンは手綱を握り直すと、馬を駆けさせた。






 椿館のある温泉街までの道はよく整備され、さすが古くからの保養地だとレオンは感心した。これなら馬車でも車輪をとられることはないだろう。春からこの地域に赴任する身としては、自分の目で見て知ることが今後に役立つ。


 観光に適した季節は過ぎたと云うのに、温泉街の入り口には馬車が数台停まっていた。年若い馬丁に手綱を預けて、レオンは多少の硬貨を渡す。


「お客さんは、椿館へ行くんでしょう? お昼過ぎまでは上客がいて今は入れないよ。そこの酒場は昼でもエールなら出すから、一杯やりながら待つといいよ」


目配せしながら馬丁は、にかっと笑って緩い登り坂の途中にある木造の建物を指差した。


「では、そうしよう。旨いのか?」


気楽に聞くレオンに馬丁が笑みにそぐわない真面目な口調で「保証します」と答えた。


 つまり馬丁は「迎え」が着いたら、酒場へ誘導するよう指示されているということだとレオンは理解した。



 それと気づかれない程度に警戒しながら、レオンが酒場のドアを押す。室内に人気(ひとけ)はまるで無かった。


酒場内は明るく掃除が行き届き、アルコールの匂いもない。およそ夜の店らしからぬ清潔感で、これなら昼も客は入るだろうと思われた。


「あんたが来るとはな」


 レオンが短剣を差した腰を意識しながら、声のした店の奥に目を向けると、通用口にいたらしい、がっしりとした体格の男が髭の生えた顔に人の良い笑みを浮かべて入って来た。


 害意は無い、と両手を肩の高さまで上げ、掌をレオンへ向けるとヒラヒラと振ってみせる。この四十がらみの男が、この酒場の主人だろうと見当をつけ、レオンは先に挨拶をした。続けて問う。


「失礼ながら、どこかでお会いしたことが?」

記憶にはない。


「あ~、俺は後方支援部隊っつうか、ま普段は軍の食堂のコックだったからな。俺が調理場からあんた方を一方的に知ってるって話だ。あんた、二十年に一度の秀才少佐とよくいたろ」


そこまで聞いたレオンは、警戒を緩めた。

「秀才少佐」が大佐に昇進したのは、三年前だ。


「今は大佐になっておられる。ご亭主は退役されて何年になる?」


上司の昇進を告げると、酒場の主人は目を見張った。


「そりゃまた、秀才にふさわしい早さだな。俺か? 四年前かな。三十五になるのを機にな、もう好きな事がしてぇと思ってさ」

「外回りはざっと確認したが、今のとこ、おかしな奴はいねぇ」


 表情を変えずに言い、もっともあんたにもそんな事は分かってるだろうが、と付け加える。秀才の後継者だもんな、とレオンの聞きたくない二つ名まで添えて。


「ここでの詳細は、ご亭主にお聞かせ願おう」


次の流れをレオンが問えば、酒場の主人は「正解だ」というように数度頷いた。



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