噂の的となる気分は・4
「お手をどうぞ」の形でも、今は儀式中。なので「心の内でおしゃべりしよう」だと理解した。それなら他の人に聞こえることもなく誰の迷惑にもならない。
リリーは子供の頃坊ちゃまにしたように、指をきゅっと握った。なぜか殿下が驚いた。それで、手を重ねる方法が一般的なのかもしれない、と思い当たる。
「これもできるとは、たいしたものだ」
タイアンの声がリリーの頭に直接響く。
「先日は、ご迷惑をおかけしました」
先の大公妃殿下はいかがお過ごしですか、と聞くのは、仕掛けておいて不遜な質問に思われるので、控える。
「謝罪なら不要だ。あれから母は生気が抜けたようになって宮に閉じこもっているが、あの方のことだ、大人しくするのに飽きてそのうち動き出すと思う。――君はあれくらいでよかったの?」
「あれくらい?」
「何を話していたのか、見当はつく。正直もっと責めるかと思っていた」
「そうしたら、止めましたか」
「いや」
潔い返しだった。
「後は引き受けるつもりでいた。セレストの一員として私は君にそれくらいしていい。する義務がある」
殿下が「私」を使うのは、公式な発言である時が主だ。それくらいの重みがあると伝えたいのだろう。リリーは答えるかわりに握る指に力をこめた。
「ケインズ家には一切干渉しないと僕が請け合う。実のところファーガソンも母の推薦でね、監視しているのか、子の心配をする母心なのかは分からないが。ファーガソンは適当にしているようだから、僕も放っている」
考えもしなかったけれど、次男にしたことは三男にもするだろう。リリーの脳裏に何事にも如才ないファーガソンの顔が浮かんだ。
「受け止め方次第なのかもしれません」
「異能を持たない母には、我が子ながら薄気味悪く感じるのだろう。知ろうともしないから、私達にとって二心持つ者を見つけるのは造作無いとは、考えが及ばない」
坊ちゃまが知っていておじ様を身近においていたように、タイアン殿下とファーガソンさんもお互い納得した上で信頼関係にある、で合っているだろうか。
時々会話が素通りするのは、熱のせいで能力が落ちているから。
「君、熱があるね」
タイアンが包むような形に手を握りなおす。
「儀式はまだ長い。少し眠るといい。必要な時は起こすから」
お言葉に甘えていいものか。横目で覗うと、ばちっと目が合う。
「君は僕を利用したと後ろめたく思っているのかもしれないが、君が望みを叶えるのに一直線なのは見ていて気持ちが良いものだった。甘えたふりで要求を通そうとするのも可愛い。実際、君は僕の扱いをよく心得ている」
頬に笑みが浮かぶ。
「こんな場所では悪戯もできない。安心して目を閉じるといい」
次は聖歌隊の歌唱のようだ。リリーは寝るつもりはないと断って、目を閉じた。
他の人々同様、聖歌隊に唱和する殿下の声が耳に入る。
坊ちゃまの歌を聞いたことはない。もし歌ったらこんな感じだろうかと、胸がほんのりと切なくなるのは誰にも知られなくない、と思った。




