侯爵夫人のお客様・1
婚約披露パーティーに決まった形式はない。ルナの友人でセドリックの従兄妹であるヘザーとシャルル・コルバンの披露パーティーは昼間だった。
夜は大人の時間、ジャスパーとリリーの披露パーティーは夜に開かれた。
ジャスパーと並んで本日の招待客を迎える。緊張気味のセドリックに、堅い挨拶はいらないとばかりにリリーは「左二回、右二回ね」と素早く伝えて、頬に頬を触れさせる挨拶をした。
公国ではあまり馴染みのない行為に一瞬驚いた気配を漂わせたものの、青年紳士代表のようなセドリックはすぐに爽やかな微笑を浮かべ、応じた。
続いて、ジャスパーに祝意を述べたアランがリリーに体を向ける。セドリックとの挨拶を横目で見ていたらしく、心得た様子でリリーの上腕に手を添え少し屈んで頬を寄せてくれた。
王国では知人ともするだけあって慣れたものだ。隣のジャスパーからの刺すような視線がなければ、肩の力も抜けた事と思う。
アランよりセドリックが一回り細身だ。夜会服はセドリックが洗練されて見えるが、アランの「脱いだら凄そう感」もまた捨てがたい。
そう思いながら、肩から腕のラインをリリーが目で追っていると。
「何を考えているのですか」
口元に社交用の微笑を湛えたまま聞くのは、今夜誰よりも人目を引くジャスパーだ。
「夜会服はどなたの男ぶりも上げるものだけど、あなたって本当に高級服が似合うなと思って」
ジャスパーの懇意にする仕立て屋はゼロがひとつ違う。体型を補整し、着る人をより堂々として見せるが、店が客を選ぶことで有名な老舗。今夜も隙のない紳士っぷりのジャスパーには、補整などもちろん不要だ。
リリーの装いも黒。さすがのジャスパーも咄嗟には誉め言葉の出てこなかった目立ちに目立つブローチは、肩から左鎖骨にかけてつけた大きなリボン結びの中央にとめてある。
幅広の帯状の布を折りたたんだ形のリボンは、腰まで垂れていてリリーの動きにあわせてゆらりとする。甘くない大人のリボンだ。
そのブローチは一体……と言いたかっただろうジャスパーが言葉を飲み込んだのは、リリーが適当にかわすと分かっているから。
「随分と斬新なデザインですね、公国の流行でしょうか」
リリーの頬に唇をあて「ちゅ」と音を立てた男性が、ブローチについて愛想よく尋ねた。
「間違いなく最先端ですわ。これから流行るかどうかは、わかりませんけれども」
唇をつけたと目敏く気がついたジャスパーが嫌悪感をあらわにして、リリーと話す客に冷えた眼差しを向けた。




