侯爵令嬢ルナ・アイアゲート・グレイ・2
メイドが応接室の扉を開けると同時に、室内で人が立ち上がった。
「ご無沙汰いたしております、アラン様。この度は遠方よりお越しくださりありがとうございます」
「お元気そうで何より、ルナ嬢」
「アラン様も」
男らしいさっぱりとした笑みにルナも笑みを返す。エリックの「お茶をお淹れします」という仕草で、アランに続いてルナも腰を下ろす。
「そうしていると、すっかりお嬢様だ」
上から下までさっと目を走らせて、からかうのではなく感心したように言われると、くすぐったい。きっと比べる相手はヘザーだろうから、そう思えるだけだ。
「もっときちんとご挨拶をすべきかとも思いましたが、慣れないのでやめてしまいました」
必要ならエリックさんがそれとなく教えてくれるはずだとも思った。
「今更そんな挨拶をされては、嫌われたかとヒヤリとする」
カラリと笑われた。
「忙しいところを済まない」
いいえ、とルナは首を横に振った。
「私のすることは、何もなくて」
披露パーティーで着るドレスは先週届いた。何とも上品なピンク色で前から見るとシンプルなのに、後ろはたっぷりと布が使われていて、着てみると見た目より重かった。
腰にひとつと、少し布を寄せてお尻の下当たりにもひとつピンクの濃淡のある装花があしらわれており、裾は踏まれそうな長さで床に広がる。
これは他の方のご迷惑になるのではないか、と考えていると。
「ね、これなら裾を理由にダンスを断れるでしょう?」
お母様になったシスターリリーは得意げだった。おっしゃる通りダンスは苦手だから、口実にできるのは有り難い。でも、これでは。
「座れません」
「座ると皺になるから座っちゃダメ。疲れたら部屋に引き上げればいいのよ、自宅なんですもの。食べこぼしも禁止ね、脱いでからお部屋で食べなさい」
なんとも思い切りのよいお返事に、もう言うことはない。
「この家にある宝飾品はルナ向きじゃないから、飾りもすべて装花で作ってもらったの」
そこにあったのは生花と見まごうばかりの、布で出来たお花飾りだった。
「お母様が主役なのに」
お母様のドレスは黒と聞く。
「いいのよ。私はしたいことがあるから、注目を浴びたくないの。ただでさえジャスパーといると目立っちゃって」
お背の高いグレイ侯の隣に華やかなお母様が立てば人目を引くのは当然。
日毎に綺麗になるのは結婚するからではなく「おじ様がお世話焼きだから」だそうだ。
今までは、人には言うのに自分は手抜きだったらしい。
「寒さがお気にならないようでしたら、お庭を御覧になられては。当日は立ち入りを制限することになっておりますので」
エリックが勧める。おそらくこの後も来客予定があるのだろうと察したルナに視線を合わせて「お付き合い願えますか」とアランが尋ねる。
「喜んで」
承知した。




