愛され婚約者様は毒舌です
私の名はエリック・ケインズ。侯爵グレイ家の執事を務めている。しかし、エリックと名乗るよりロバート・ケインズの息子と伝えたほうが他家に通りが良い……情けないことである。
本日は、数日ぶりに当主ジャスパー・グレイ様がご帰宅なさった。
「彼女は、どうしていますか」
「お部屋でお寛ぎになっています――ジャスパー様のお部屋で」
お寛ぎもお寛ぎ、リリーは湯上がりのバスローブ姿で暖炉にはりついている。うたた寝などしているかもしれない。
聞いた侯爵は、あまり目にする機会のない晴れやかな笑みを浮かべた。
「どっちの手にあるでしょう」
リリーが拳を握ってジャスパーに突きつけた。
エリックは「どっちでもいいだろう」と心からの思うのに、ジャスパーは真顔で考えて「こちらです」と、人差し指で右手の甲に触れた。
「せいかい!」
なぜか得意げにリリーが手を開き、内にあったものを見せる。
エリックは既に自慢されていたから驚きはしない。ピンク色の石を初めて目にしたグレイ侯は、しばらく無言になり、眉間に皺を寄せるようにして凝視した。
「これは……買ったのですか」
「ううん、お支払いは済んでいたから、私は貰っただけ」
もっと分かりやすい説明をというエリックの願いをよそに、リリーは「はい、よく見ていいわよ」などとジャスパーの手にピンクダイヤモンドを乗せている。
丹念に眺めて石を返すと。
「エリック」
主に呼ばれて、エリックは壁際のチェストから小箱を取り出した。
受け取ったご当主は、暖炉前で片膝をついた。リリーはいつものように床で暮らしているから、目の高さを合わせるとそうなる。
当初は甚だしかった違和感も、見慣れればどうということもない。
「こちらを」
まるでプロポーズのように小箱を差し出したのに、手に石を握っているリリーは受け取ろうとせず眺めるだけだ。
「なあに?」
ハラハラとするエリックをよそに、ジャスパーは気分を害するでもなく小箱の蓋を開けた。
「侯爵家の夫人が代々身につけるものです。これをあなたに」
楕円形のサファイアの両側にダイヤモンドがついた指輪は、格の高い集いには必ず身につける逸品だ。
「ありがとう、ジャスパー。私には不相応に感じるほど立派ね」
お愛想程度に眺めるリリーの手は、しっかりとピンクダイヤモンドを握ったまま。さすがにジャスパーも苦笑した。
「喜んではもらえませんでしたね」
「本当のことを言ってもいい?」
やめてくれ、と思ってもそうは言えないエリックの前で「どうぞ」とジャスパーが言いながら、リリーのすぐ隣、絨毯に直に腰を下ろす。
「古臭いの」
遠慮のない一言に、男ふたりが固まった。気にもせずリリーが続ける。
「これみよがしのお金持ち風じゃない? でも仕方がないのよね、石が大きくなると一石留めるか両側に小さい石を添えるくらいしか出来ないから」
言われてみれば何やらそう見えてくるのが恐ろしい。
リリーが頬に手を添える。この仕草は危険――
「そうなると、可愛くないのよね」
ふっくらとした唇で毒を吐いた。
「権力の象徴と思えば、これはこれで嫌いじゃないわ」
湯上がりの「奥様」はとてつもなく危険。エリックはそっと目を逸らした。




