暖炉猫はおくつろぎ中・1
公都へ出た時には宿をとっていたリリーだが、最近はグレイ家の公都邸に泊まる。
突然来ても使えるようにと、リリーの部屋とルナの部屋はそれぞれに用意されていた。
「少し肌寒くなったわね」
季節の変わり目の呟きをひろい、ロバートは「奥様の私室」の暖炉に火を入れた。
真新しいバスローブに身を包み浴室から出てきたリリーは、相変わらず髪から湯を滴らせている。燃える薪に気がつくと、心からの笑みを見せた。
「おじ様、ありがとう」
ソファーの位置や厚みのある絨毯に直置きのクッションの配置は、かつてのリリーの好みに合わせたもの。
あまりにエドモンド殿下の私室に似せるのはどうかと逡巡するロバートに。
「彼女の好みの完成形でしょうから、そのように」
ジャスパー・グレイ侯は妻第一主義らしい。事もなげに言った。
「お嬢さん、髪はしっかりと拭いて下さいと、いつもお願いしております」
「拭いたわ」
ロバートから見て、生活全般にルナの方がよほどきちんとしている。反面教師というものだろうかと考えながら、よく乾いた布を差し出す。
素直に受け取り髪を拭きながら、窓辺に立ったリリーが下を見た。まだ夕陽の落ちきらないこの時間の庭は陰影がつき趣がある。
「ジャスパーは、いつからあそこにいるの?」
出迎えはエリックの仕事。ロバートは帰宅も知らなかった。
視線の先、張り出したテラスの円柱にもたれて、ジャスパーが庭を眺めていた。人に見られているとは思っていないのだろう。
「あんな哀愁を帯びた顔をするのね。知らない人みたい」
脚を軽く交差させた立ち姿を含めとても絵画的だ、とロバートは束の間かつての主の思い出と重ねた。
「お顔がいいと違うわね。私がしたら、ただの疲れた顔なのに」
しみじみと感心し「ねえ」と同意を求められて、エドモンド殿下のおもかげは瞬時に霧散した。
「お嬢さんは、お疲れの時でもお可愛らしくていらっしゃいます」
「それ何か違う」
「そろそろ、こちらへ。髪を乾かしましょう」
職業的な微笑を浮かべ、ロバートは櫛を片手にリリーを暖炉の前へと誘った。
「夕食を共にしようと仕事を切り上げたのですが」
「ちゃんとした服に着替えるのが億劫だから、夜はお部屋でパンくらいでいい。ジャスパーもそうしたら」
何とも間延びしたリリーの声。櫛は今、ジャスパーの手にあった。
部屋へ来てしばらくロバートの手つきを観察していたが、途中で交代した。もう乾いているのに、いつまでもとくのはジャスパーもまた同じ。
湯をつかうとすっかり大人しくなるリリーの癖は変わらず、暖炉に背を向けて目を閉じ、担当がロバートからジャスパーに変わっても気にする様子もない。




