あなたに話したいことが・4
「何もかもを知らないと気がすまない子供ではありません。話しながらあなたが傷つくのなら、話す必要はない」
ジャスパーは優しい。そして既におじ様から聞いているのかもしれない。坊ちゃまが私の両親について調べなかったとは考えにくい。
「親に会いたいか」と聞かれたことがないのは――もうこの世にいないからかもしれない、と思ったこともある。
「昔住んでいた界隈は、かなり住人が入れ替わっているでしょうから、誰かが『リリー・アイアゲート』の素性を知りたいと思っても、そう簡単に花売り娘リリーとは結びつかないはずよ」
軍に所属する時に、自ら出自を語ったりするなと坊ちゃまに言われた。
「お前の父が判明していないのは、好都合だ」
聞かせるともなくという風に呟いた一文が耳に残った。
犯罪を犯した者が近親者では、軍人にはなれないからだ。それとなく匂わせたのは、働き出せば誰かが教えると予測して、心の準備をさせてくれたのだろう。
リリーが坊ちゃまエドモンドについて思いを巡らせていると、ジャスパーにも伝わったらしい。
「仮にあなたの出身がどうのと噂をする者がいても、私の気持ちは少しも揺らぐ事はありませんが、あなたが不快に感じるなら話は別です」
悪意に満ちたある事ない事の噂話は、紳士淑女の大いなる楽しみだと思うのに。黙らせようとでもいうのか。
「ありがとう、ジャスパー。でも本当にお気遣い不要よ。グレイ侯夫人になりたい女性はたくさんいただろうから、妬まれるくらい光栄だと思わないと」
ひとり目の妻には不足でも二人目なら狙えると考えた淑女は結構いただろうと推察する。
まだ言い足りないところはなかったかとリリーが考えていると、扉が控えめにノックされた。
「どうぞ」
ジャスパーより先にリリーが応じる。
そっと覗いたのはルナだった。
「おやすみなさいのご挨拶を」
「お邪魔しない方がいいと思ったのですが」
扉の陰からポールが言い訳めいた断りを入れる。ルナと違って大人のポールは、父と新しい母のあれこれを懸念していたのだろう。適切な距離を保っておいて良かったと、リリーは密かに安堵した。
ルナに微笑みかける。
「かまわないわ。お菓子は美味しかった?」
「びっくりするくらい。明日エリックさんがお店に連れて行ってくださるって。お出かけしてもいいですか? お母様」
「もちろん。美味しそうなものは全部買ってきて」
餌付け。母娘揃って甘い物に弱い。リリーは弱点を晒したと自覚した。




