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あなたに話したいことが・2

「母は腹を立てて、客に酒瓶をぶつけた」


 ワインボトルで殴りつけた、を婉曲な言い回しに変える。


「その騒動で私は部屋から追い出されて、着の身着のまま裸足で雪の上。その後お客と母は揉み合いになったみたいで、外まで派手な音が響いてた。それでロウソクを倒したのよ、火事になった」


ボロボロの床に流れていたワインの色がまぶたに浮かぶ。



「母は逃げ遅れて煙にまかれたのだけど、逃げ遅れたのには理由があった。刺されていたの。刺したお客の首を、母が割れた瓶で切っていたから、おあいこね」


 後に、状況から見て痴情のもつれによる無理心中とされた。少し強引に思えたけれど、子供に発言権はない。



 ジャスパーが何か言おうとするのを、手で制する。言いたくないこともある。質問をされてボロが出てはいけないので、問わず語りでいきたい。

リリーの切なる願いは伝わったらしく、無言で深く座り直した。


「私は少しケガをしたのと、目を傷めたのとでしばらく動けなくて、後の事はご近所さんが仕切ってくれたからよく知らないの」


 当時は肉屋のおばさんが万事引き受けてくれたと思っていたけれど、大人になってみれば、坊ちゃまが手を回してくれたと考えるのが自然だ。

「あの雪の日」の話題はなんとなく避けていたから、確かめてはいない。



 もう昔のことだから、ジャスパーが心を痛めてくれなくていい。そろそろ告白も終わりに近い。


「さあ路頭に迷うぞ、これは母と同じ仕事に行き着く人生も覚悟しなくては。という時に、救護院でアイアゲートさんを紹介された」


 極貧の暮らしから抜け出せないのは、本人にやる気がないから。普通に暮らしていたらそう思うだろう。

リリーにしてみればそれは違う。やる気をどの方向に向けたらいいのか、それすら分からないのが底辺の生活。食べる物も着る物も満足に持たないのに、先の目標など持てるはずもない。


 そんなところに「目指すのはこちらですよ」と示された。


「学院の入試に合格し通う気があるなら養女にすると言ってもらって、有り難くお受けした。はい、これでただのリリーは、リリー・アイアゲートになりました」


 坊ちゃまエドモンド・セレスト殿下との思い出については、ご本人の許しがなくては話せない。

成人してからはともかく、子供時代の交流は坊ちゃまも隠していたはずだから。



 それのどこがあなたの罪? あなたは何も悪くない。そう言いたいのね、ジャスパー。


「雪の上でへたり込んでいないで、大騒ぎして大人を呼べば良かった。酔った母は足元がおぼつかなかったから、急いで戻って廊下へ引き出すべきだった。それより何より、あの日に限って部屋に居残ったのが間違いだったわ。ジャスパーはよく『あなたは間違えない』って言ってくれるけれど、最大の過ちはとっくに犯していたの」


がっかりさせた?


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