独身貴族、噂の婚約者を語る・1
リリーがミモザの城へ着いた頃ジャスパーは……
グレイ家の当主たれば、外せない集まりはある。古くから付き合いのある侯爵家での晩餐会は、そのうちのひとつだった。
夜風の気持ちのよい季節、侯爵邸の広いバルコニーが本日の会場。
厚手の白いテーブルクロスをかけた長方形のテーブルには十二人が着席し、肉料理の皿が下げられたところだ。
ジャスパーの左隣には伯爵家息女、右隣は主催した侯爵家の夫人。当たり障りのない会話から、侯爵がジャスパーの結婚話に触れた。
「大佐がご結婚なさろうとは、驚きましたよ」
待ち構えていたかのように、夫人が引き継ぐ。
「長く独り身でいらした侯のお心を射止めたのですもの。お若くてさぞ美しいご令嬢でいらっしゃいましょうね。ご家名は……わたくし存じ上げないのですけれど」
申請を出したことで、リリー・アイアゲートの名は、すぐに貴族間に広まった。年齢や住所伏せたので、より興味を掻き立てたかもしれない。
「家名を存じ上げない」は「貴族ではなくて驚いた」を婉曲に表現したものだ。
「学院の同級生です」
ジャスパーが言外に「ご令嬢」ではないと告げると、即応して隣から「まあっ」と若い娘らしい高い声が上がった。
「いやはや、なんとなんと。私が侯の立場なら、歳の離れた若い妻を娶りたいものだが」
少し離れた席から口を挟んで、妻に睨まれているのは父世代の伯爵家当主だ。
「どのような方なのですか」
好奇心が抑えきれないといった風に、隣席の令嬢が尋ねる。普段ならば「勝手に話しかけるな」と保護者がたしなめるところだが、その保護者もまた知りたいのだろう。大人達は揃って無言のままやりとりに注目している。
「そうですね」
ジャスパーは開きかけた口を閉じ、しばらく考えて話しだした。
「ホロウェイ領での野外音楽祭へは、一度は行かれたことがあるかと思いますが」
テーブルを囲む面々で、名高い音楽祭を知らぬ者はないはずだ。
「公都から行く道は幾通りかあります。道順を彼女に聞けばその場でこう返すでしょう。『重視するのは、時間? 距離? それとも快適性?』」
誰もが黙したまま微動だにしない。
「『自家用馬車はあるの? 貸し切り馬車? それとも乗り継ぎ? 馬かしら』」
続いての質問は、馬なら単騎か複数騎か。そして人員構成だ。
ジャスパーは、リリー・アイアゲートのくるりとした目を思い出し微笑した。
わけが分からないと一同を代表して小首を傾げる令嬢に、微笑を向ける。
「彼女の頭の中には、国中の道という道が入っていて、求める最適解を即答することが可能です。それは学院生の頃からでした。当時理解の追いつかない私に彼女は同情的でしたよ」
今でもありありと思い出せる。懸命に慰めてくれるアイアゲートを。
「『大丈夫、苦手は誰にでもあるものよ。みんなに言いふらしたりはしない』。彼女は、大多数の国民が国内すべての道を把握しているものだと思っていました」
知らないのが普通。おかしいのはアイアゲートなので、ジャスパーは落ち込んだりはしていない。
「はからずも弱点を知ってしまった」と、身を縮めて気の毒そうにこちらを見る顔は、忘れられない。純粋に「ジャスパーは何でもできる」と信じきっている顔だった。




