私のお願いを聞いて ジャスパー・6
リリーの顔が引きつったのは、頬に触れたジャスパーの指が冷たいせい。河原ってあれだ、英知の使徒派女子修道院に報せに来てくれた時の。
「ジャスパー、不躾なお願いについては心から謝るわ。でも、私じゃ『する気』になれないのかと」
「勃たない」と直接的な言い回しを避けたのは、私の成長の証。
「一度もそのような発言をした覚えはありません」
ジャスパーの声は冷ややかで、指も余計に冷えた気がする。
「だって、その後戯れのように言うことはあっても……」
精神系の異能持ちだから、極々近くにいればこちらへ向ける熱量――露骨に言えば性欲――は、感じ取れる。それがなかったから、お気遣いか、恥ずかしい歴史を忘れてくれたのだとばかり。
「友情だと信じているものが恋情で、しかも欲をはらんでいるなんて、神に仕えるあなたを困らせるだけでしょう。でもシスターではなく見習いシスターでしたし、今は何の問題もない」
唖然としたリリーに、ジャスパーが余裕に満ちた顔を近づける。
「どうして怯えるのです」
「分からないけど……何というか、予想を超えていて。まさか、今夜しようなんて言わないわよね」
「そのつもりですが、どうかしましたか。グレイ夫人?」
下がりたい。もっと下がりたいが後ろは背もたれ。
「まだなっていないし、こういうのはキチンとしてからの方がいいんじゃないかしら、グレイ侯」
ジャスパーが目を細めても優しく甘くは見えない。
「妻がいると思っているにも関わらず、河原で迫ったくせに?」
「あの時はほら、事情があったのよ。今は急がなくても」
往生際が悪いのは私のほうか。でも正直、今日は脱ぐつもりでは来ていない。あれこれお手入れが不行き届きだ。
「あなたは触れ合いは必要ないとした口ぶりでしたが、私は断固として拒否します。こちらの要求を拒むなんてできませんよね? アイア。家柄を欲しているのですから」
どこまでも隙がないのに漏れる色気。お堅いジャスパーなのに不思議で仕方ない。
「ごもっともでございます。でもね、ジャスパー。私、耳はいいのよ」
それが? とジャスパーが目元に不機嫌を刻む。
「さっきから、赤ちゃんの泣き声がする」
あなたも聞こえているでしょう? ほら。これは人間の赤ちゃんに他ならない。
「気にならない?」
リリーは顔色を窺った。
「くそっ」
なんて品行方正なグレイ侯がおっしゃる訳はないので、空耳空耳。
「ちょっと覗いてくる」
ジャスパーが無言なのをいい事に、するりと抜け出て扉を開けた。




