ラウールと朝まで・4
「孝行娘の親なら、肺病持ちがお決まりじゃない?」
お気に召さなかったのなら設定を変える、脚が悪いとか。
このくらいの失敗、平気でしのげなくては、花売りなんてしていられない。
リリーが小首を傾げて返すと、ラウールが可笑しそうにした。
「勝手に作るな」
本当に本当だけどね。つられた風を装い笑っていると、不意に部屋の空気が変わった。
「もっと知りたくなった」
「なにを?」
「あんたを、だ。――リリアナ」
リリーが目を丸くした時には既にラウールは距離を詰め、リリーの座る椅子の背に片手をつき、見下ろす態勢になっていた。
――近い、近すぎる。椅子から床に背を滑らせて逃れるつもりが、うまくいかない。
ラウールの片膝がリリーのスカートの上から椅子に乗っていては、動けるはずもなかった。
これは……もしや、色っぽい展開なのか。ちびと今の自分リリアナとを切り離すのには成功したのに、思いもしない方向へと進んでしまったらしい。これでは、おかみさんの思惑通り。
いやいやいや。自分で否定する。この手の自意識過剰は、勘違いだと知った時には転げ回りたくなるほど恥ずかしいもの。まずは心を落ち着けて、と自分に言い聞かせて平常心を取り戻そうと努め、リリーは提案した。
「なら、お話しする? それには近すぎると思うの」
「いや、話なら充分にした」
上着のボタンを外すラウールの指を凝視するリリーは「脱ぐほど暑くないのだから着ていたらいいんじゃないかしら、マタドール」と言いたいのに、どうしてか声が出ない。
大きな男物の上着が足元に落ちた。そんなふうに脱ぎ捨てたら皺になる。穴があくほど見つめていると、喉の奥にこもるような笑い声が聞こえた。
「見るならそっちじゃなくて、俺にしてくれ」
ラウールの指がリリーの顎と下唇にかかった。上向きにされたせいで口が薄く開いてしまっている気がする。
誘われるように見上げると、濃い睫毛に縁取られた瞳が揺れることなく、そこにあった。
奥になにかひそんでいると感じてしまうほどに深い色。
何だろう、この感じ。どうにでもなれというような、されるがままになりたいという望みが湧く。そうしたら私どうなっちゃうの? どうにかされてみたい。なんて強く惹かれる気持ちがこみ上げる。
好奇心は猫の子を殺すと言うけれど。あまりに大きな誘惑は子猫には抗えず、好奇心に負けても後悔はないと思う。
猛牛もきっと、こうやって誘われるのだ。リリーは唐突に理解した。任せたら何を見せ、与えてくれるのだろう。ゴクリと鳴ったのはラウールではなくリリーの喉だった。




