ランタン祭りで隣りに立つ人・4
どこから見ていたのか気が付かなかったから、それほど前からではない、とリリーは判断した。
「お隣りに居合わせた人とね」
この流れなら「何を話していたのか」と聞かれる。
「子供達が可愛いとか、雰囲気がとてもあるとか。そんな何でもないおしゃべりよ」
問われるより先に当たり障りなく伝えて、通りに目を戻す。
「口説かれてるのかと思った」
ボソリと聞こえた言葉は思いがけないもので。リリーは驚いてから笑った。
分かってないという風にラウールが息を吐き、流し目で見る。
「俺かマテオがいるから寄ってこないだけで、今夜みたいに街中の男が出てる日は危ないだろ」
「危ないって」
熊が狼みたいに。この国なら牡牛か。リリーは目をぱちくりとさせた。
老若問わず距離感が近くてすぐに身体に触れようとするけれど、陽気で人懐っこいから嫌みがないのがこの国の男性だ、と理解している。
むしろラウールが触れない方だ。子供時代を公国で過ごした事によるのかもしれない。
今いる場所は宿から近く、まだ夜も早い。だいたい子供がこんなにたくさん集まる祭りのどこが危ないのか。
言い返そうとしてラウールの顔を見れば、本心からそう思っているのが見て取れて、口をつぐんだ。
「『一杯おごる』と言われたら、うかうかとついて行きそうだ」
「飲みに行こう」は断っても「そこの屋台で」と誘われたら、付き合っちゃうかもしれない。即座に否定しかねるリリーに向かって、「マテオが今持ってくる」とラウールが視線を誘導した。
そこには、湯気の立つカップを三つ両手でしっかりと持ち油断なく運ぶマテオの姿があった。
「一緒だったの?」
「開店準備をしていたら、呼びに来た」
人混みで人を探すなら、ひとりより断然ふたりがいい。私を見つけてから、マテオがホットワインを買いに行ってくれた、そんなところかと当たりをつけるリリーに、カップが差し出された。
「あったかいうちに飲んで、お姉さん」
とびっきりの笑顔つき。
「ありがとう。絶対に飲みたいって思ってたの」
リリーも普段より愛想よく言って、カップを受け取る。
「おいしい」
鼻にぬけるような香りとリンゴの甘さが口中に広がって、ほっとする。
「よかった。なんか難しい顔してたから」
何気ないマテオの一言にドキリとした。
公子の側仕えとわかっていても、不意に現れる「彼」にはまだ慣れない。傍目にも分かってしまうのは、今後の反省点だ。
ラウールにも言えるが、マテオもまた心の動きに敏いところがある。闘牛士という職に必要な気質なのかもしれない。
「飲んだらマタドールの店に行こうよ。僕、お姉さんに贈り物があるんだ」
楽しくてならない様子で、早く飲んじゃってとマテオが急かす。
「え、ありがとう。何かしら」
すごく楽しみ。と返しながら、リリーの頭の片隅にあるのは、鞄のうちにあるカードだった。




