歌と踊りと闘牛と・1
マテオが「歌を披露したい」と言い出した。声変わりする前は教会の聖歌隊にいたというから、本格派だ。
「じゃあ、聞かせて」
「伴奏がないと」
リリーとマテオが今いるのは、園芸好きの主婦が、誰でも眺められるようにと開放してくれているお宅の中庭。いい感じに声は響きそうでも、伴奏はない。
夜に「歌と踊りを見せる酒場」に一緒に行こうと話が決まった。
のんびりと歩いて出掛け、薄暗い店の扉を開けるなり、マテオが天を仰いだ。
「なんで、いるんだよ。もおぉ」
誰が。室内を見渡せば、先日リリーがナイフ投げで負かしたラウールの闘牛士仲間が、一卓占めていた。
「よお、マテオ。お前も暗いトコが怖くない歳になったか」
「こっち来いよ」
「名人もご一緒で」
名人とはリリーのことだろう。ところ狭しと料理がならんだテーブルに「来い来い」と、手招きされる。
「お姉さん、僕と今日ここに来るってマタドールに言った?」
「何言ってるの。お店の名前なんて今も知らないのに」
ヒソヒソと聞かれて、リリーは心外だと言い返す。ラウールとはナイフ投げの夜以来顔を合わせていないので、三日経っている。彼が不在のうちに店を出たから、次の約束もしていない。
「そうだった」
「そうよ」
がっくりするマテオはどうするのか、とリリーが成り行きを見守っていると。
「入口を塞ぐな」
言ってマテオの肩を叩く人がいた。
「あ、すみ――マタドール……」
声の主はラウールだった。店は? と聞くマテオに「定休日だ」と答える。定休日があったらしい。
そうでした、と項垂れるマテオの隣りでリリーが「お仲間と待ちあわせ?」と聞けば、ラウールが「そうだ」と肯定する。
先輩方がこれだけお揃いでは、他の店へは行けない。同席が決定した。
レストランと酒場の中間くらいの店には、ちょっとした舞台があって、時間になるとこの店専属の踊り子が踊ってくれる。舞踏会のように皆が踊る類ではなく、プロが見せる踊りだ。
胸の谷間を見せつけ、身体の線がこれでもかというくらいわかるピチピチのドレスが定番の衣装らしい。裾は何段ものフリルがついていて、重そうだ。
男性の踊り手は、靴の底が硬いのかカツカツと小気味よい音を立てて、汗を飛び散らせて踊る。舞台近くのテーブルにご贔屓さんが陣取っていて、おおいに盛り上がるのは、眺めているだけで楽しい。
ギターの音に踊り子が手に持つカスタネットが加わると、一気に異国情緒が溢れる。
客ものってくると、座ったまま足だけ動かしたりするから、音が反響して部屋の空気がうねるようだった。




