表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

426/600

奇妙な訪問者・3

「さようでございますか。承知仕りました、お嬢様」


 あまりに丁寧過ぎると嫌味に感じる。恭しく胸元に手を添えた男が僅かに顎を引く。

しかし一歩も動こうとしない。彼も仕える身なら、手ぶらでは帰れない、と言うことか。


 理由がいる。主人が納得するような理由が。譲ったのはリリーのほう。


「公子のお手を煩わせてまで、赤毛の馬を連れて帰りたいとは思わないの」

その訳も必要なんだろう。


「スカーレットによく似た馬が活躍して公国杯で勝てば、国中が沸き返るでしょう。いい事に決まってる。でも、『スカーレットの再来』はスカーレットじゃない。そしてタイアン殿下はエドモンド殿下じゃないのよ。上書きして、無かった事のようにするのは何だか違うような気がする」


国を出る時には、そんな風には考えていなかった。


「あるはずの馬牧場がなくて、自分がそう感じていると気がついたの」

だから、探さなかった。 


「――公子のお心遣いには、心から感謝しお礼を申し上げます。もし既に馬を見つくろって下さったなら、喜んで連れて帰る。タイアン殿下からお金は預かって来ているので、請求頂ければ乗船時にお支払いできます」



言わなければならない事は、これで全てか。


「お茶でもお食事でも、恐れ多くもお望みとあらば慎んでお受けします」


 だって、本来お断りできる立場にない。今まで口にした数々は、お互い名乗りもせずこんな場所だからこその、リリーの甘えであり我儘だ。



 口を挟まず聞くだけだった男が、帽子のつばに手を添えた。


「諸々、承りました。では私は、これにて失礼を。お嬢様のわが国での滞在が、良きものとなりますように」


 来た時と同じように物音ひとつさせずに出て行く。あれなら埃も立たないんじゃないかと思う。



 男の姿が完全に消えるのを待って、リリーは緊張を解いた。体力も気力も、ごっそりと持っていかれた気がする。


 さて。こんなに長く話していたけれど、実は寝起きのまま顔も洗っていない。服は着たまま寝たせいでシワだらけだ。

公子に失礼うんぬんの前に、女子としてありえないと言うより、誰にとっても有り得ない。



 「先ほどの男性には二度と会わなくて済みますように」を、本日の祈りの一度目にしつつ、リリーはナイフをテーブルへ置いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ