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祭りのあと

 「見つかってもかまわない」と言ってセドリックは、ルナを部屋まで送ってくれた。鍵を掛けるようにと言い閉まる音を確認して、ようやくセドリックの足音が去って行く。


 眠っている人々の邪魔をしない密やかな靴音を聞きながら、セドリックにずいぶんと心配をさせてしまった自覚のあるルナは、申し訳ない気持ちになった。



 騎士に同情し、一緒に行きたいと口にした。

それは本心で、今も言ったことに後悔はない。それでも、あの優しいセドリックは見守ってくれながら、どれほど心配していただろうか。きっとハラハラしていたに違いない。


 こちら側へ残るべきだったのだと、ルナにも分かっている。身体が二つに分かれればいいけれど、そうもいかない以上、どちらかしか選べない。


 騎士はルナを諦め、セドリックは諦めなかった。それだけが、今ルナがあちら側ではなくここにいる理由かもしれない。ただ、それだけ。



 裏庭から館へ戻る途中は、幸いなことに誰とも会わずに済んだ。自分ならばともかく、セドリックに妙な噂が立ちでもしたら、謝って済むことではないのだ。


 夜も更けたし、手足を洗って休まなければ。ルナは水差しから(たらい)に水を移し、布巾を浸した。顔を上げるとちょうどの位置にある鏡を、見るともなく見る。


 いつもはひとつにまとめている髪は頬にかかり、肩に流れ落ちている。顔は白いのに唇はくっきりと赤い。心なしか目が潤んでいて、ルナは見慣れないものを見るように自分の顔を凝視した。


「黄金色にすみれ色」


 ルナの耳に騎士の声がよみがえる。首筋を掠めた手の感触も、まざまざと思い出した。


 髪色が黄金色に。瞳が菫色に。

鏡の中から、やわらかな金髪を扇のように広げた紫色の瞳の少女が真っ直ぐに見詰めてくる。

物憂げな表情をし、何かを問いかけるように。


意識的に、二度・三度と瞬きを繰り返して見直した鏡には、見慣れた自分の顔があった。


 色々と考えたいことはある。でも、明日も朝から仕事がある。したい事よりしなければならないことを優先すべきだと、ルナは自分に言い聞かせて固く絞った布巾を顔に押し当てた。







 前夜の祭りの名残がそこ此処に漂う館で、これから洗濯するリネンを回収しているルナの前に、辺りを(はば)かるようにしセドリックが現れた。


客用寝室の隣の小部屋に二人で入り込む。調度品のない殺風景な衣装部屋でルナとセドリックは向き合った。


「君がお昼の馬車で町に戻ると聞いたから」

お別れを言いにと、少し早口のセドリックが微笑した。


「はい。私もご挨拶がしたくて」


 セドリックに向けて、ルナも同じくらいの笑みを浮かべる。三年前はほとんど変わらない身長だったのに、今のセドリックの目の位置は、ルナより拳ひとつ分高い。


成長期でまだ伸びるのだろう。ふと騎士の身長と比べたルナは、少し息苦しさを覚えた。死者と比べても仕方がないのに。


 何かを察したように、ルナに向けるセドリックの眼差しは静かだ。


「昨日預かったピン。何かわかることがあったら知らせる」


 セドリックの言う「ピン」とは、ルナが騎士に去り際に渡された物だ。金でできた円形のヘッドの付いたピン。小さな硬貨程度の大きさのヘッドには、型押しで模様が入っていた。セドリックは「君がもらったものだから」と受け取るのをためらったが、調べてくれるようルナが頼み込んだ。


「ありがとうございます」

感謝の気持ちを込めてお礼をいうルナに、セドリックも口元を綻ばせた。


「次はもう少し早く会えるといいのに……三年も待たずに」そろそろ行かなければ。ルナは言いながら、足元に置いたシーツを抱え上げる。


「次は、君が思うより早いかもしれない」


セドリックが、垂れ下がるシーツを引き摺らないようまとめ直してくれる。


「来年の収穫祭にも来られるよう、頑張ってみます」


 セドリックが開けたドアから滑り出る。長い廊下のどこにも人影はない。外ばかり気にしていたルナは、セドリックの声をひろわなかった。





「僕はそんなに待たない」

ルナが聞き漏らしたのはセドリックの呟いた一言。


 立場が違いすぎて堂々と話せない。夜の裏庭で「名前もお互い知らない同士」だからこそ囚われずに過ごせたこの二夜が、セドリックにはもう懐かしい。


廊下を急ぐ微かな足音に耳を傾けながら、部屋を先に出ていくのが自分でなくて良かったと思う。


今ルナを先に行かせたセドリックは、置き去りにされたような気がしているから。



 昨夜ルナを残していった騎士は、どんな気持ちだったのだろうか。セドリックは思いを馳せる。


 騎士はルナを連れては行けなかったけれど、ルナの内に確実に何かを残した。今日のルナの瞳には憂いの影が落ちていて、彼女が急に大人びたように思える。


 セドリックは、生きていない人物に苛つきを覚えた。ルナにあんな顔をさせるなんて。それをさせるのが自分じゃないなんて・と。


抱える感情の名前が分からないまま、セドリックはそっと壁にもたれた。




 栗色の髪が形の良い額にハラリとかかる。

腕を組み目を閉じると、長い睫毛が頬に影を作り少年らしさが消えた。


セドリックは長い間、そこから動かなかった。


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