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街の人気者・3

 翌日リリーが約束の時間に宿の外へ出ると、待っていたのはマテオではなくマタドールだった。


 訳がわからず戸惑うリリーに「マテオは親父さんについて仕事に行った」と説明する。闘牛士としてはまだまだ駆け出しで「食って行けず」、彼の収入の大半は家業の手伝いらしい。


「だったら、知らせてくれれば、またの日でも良かったのに」

「俺は昼間、暇だからかまわない」


マタドールのあずかる料理店は、昼の営業がないらしかった。


「広場と大聖堂だったか」

「マタドールって、闘牛士のことなのね。それも最上位の」


リリーは、歩き出したマタドールと道々話すことにした。





 昨夜、宿に戻って帳場にいたおかみさんに「マタドールって、なんですか」と聞いて教えてもらった。


 闘牛士とひと括りに言っても、階級がいくつもに分かれているらしい。それこそ軍のように。

 牛一頭仕留めるのに階級別の分業制になっており、止めを刺すのが頂点に立つマタドールだ。


「マタドールがどうかした?」と聞かれて「マタドールと呼ばれる人を見かけたから」と答えると、「この街にマタドールはラウールだけだ」と名前を教えてくれた。


 他にもマタドールはいたが、引退したり休業したりで、現在活躍しているのは彼ひとりだと。


「年の頃は三十前後で、短髪でお顔のキリッとした」

「そりゃラウールだ。伊達男だったろ? こう色気が滴る感じの」


 色気はまるで感じないというより、男の色気がそもそも分からないと思うリリーに、宿のおかみさんは「いいモン見たね」と、目を細める。


 彼は街の人気者であるらしい。貸してもらった街の観光案内の小冊子によれば「闘牛士は体を張って命がけで演技し、見る者を酔いしれさせる」





「すごい人だったのね」

リリーが尊敬の眼差しを向けると。


「宿のおかみさんに、かつがれたな」

ラウールが鼻にシワを寄せて笑う。

「確かにマタドールの資格は取ったが、俺は観光客相手の見せ物を中心にしていて、牛を屠らない」


 では、どうするのか。角に結んだリボンをマタドールが奪うことで勝負ありとし、試合は終了となる。


「牛一頭は値が張るし、文化が違えば『残虐』だの『時代遅れ』だのと非難されることも多い。それでこの街の闘牛場では、観光客相手には、他国の祭りでもあるような血を流さない形に変えて、見物させる。俺は主にそっちで稼いでる」


 それでも一度人を襲った牛は立ち回りが賢くなるから二度は使えないんだが、とリリーの知らない事を教えてくれる。


「リボンを取るのも殺すのも、怖さは変わらないと思うわ」


 昨日見たばかりの黒牛の尖った角を思い出して、リリーが感想を述べると「ははっ」とラウールが笑った。


「殺さない分、魅せ方には工夫がいる。華を出すのは骨が折れる」

「見られなくて残念」


 流血の惨事にならないのなら一度見てみたかった。リリーの言葉に、ラウールが白い歯を見せた。


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