表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/600

収穫祭ー騎士とセドリック・2

 正気を疑ってルナを睨みけたセドリックは、そのままの勢いで騎士に眼を移し「渡さない」と力を込めた。


「やはり従者をお連れでしたか」


 何もする気はないのだと、分かりやすく態度に表しながら、騎士が口元に薄く笑みを浮かべた。


 初めて耳にする抑制のきいた男らしい声に、セドリックは否応なく自分が子供であることを思い知らされる。


 ルナの腕を掴んだことで、セドリックの姿が騎士に認識されたようだが、気配でとっくに気づいていたらしい。騎士は「やはり」と口にした。


 セドリックが、これ程止めているのに。

騎士はルナを求め、ルナは応えようとする。


 どうあっても行かせることはできないと喚く自分は、他人の恋路の邪魔をしているかのようだと、セドリックは深刻な状況のはずなのに、微妙な気分になる。だからといって、ルナを行かせるわけにはいかないのだが。



 先に折れたのは、騎士だった。

騎士の瞳から危険な色が失われたと感じてセドリックが気を抜いた一瞬に、ルナに腕を振り切られた。


 騎士が、さりげなく「心配するな」と視線だけで伝えて来る。信用していい。そう感じたセドリックも「了承した」と返し、ふたりと距離を取った。



 騎士本人もわかっているだろう。少しずつ霧が晴れるように、姿が空気にとけてきていることは。残された時間はきっと後わずかだ。


 騎士がルナに何かを渡し、またルナを抱き締めた。

ルナが自分の名を騎士に告げ、エステレイル様ではないことを知っていたのかと尋ねる。


 セドリックは、エステレイルという名を知っている。騎士とエステレイル姫の名が結び付けば、他にわかることも出てくる。ただ、ルナの様子をみるとそれについて話すのは機会を見計らうべきだと思われた。


 騎士がルナの頬を両手で挟み唇をあわせた瞬間、まばゆいばかりの光の粒になって拡散した。



 ルナが、騎士の消えた空を静かな表情で見つめる。

しばしの後こちらに向けられたルナの顔には、慈愛とも諦めともセドリックには形容しようのない、およそ子供らしからぬ表情が見てとれた。


「ごめんなさい」

呟きと共にルナが頭を下げる。


 セドリックには、何から話せばいいのか分からない。でも明日にしたら、また話す機会を失うかもしれない。三年前のように。



「最後に何を聞かれたの?」

自分で思うより穏やかな声が出た。


「名前を」

「名前を容易く教えてはいけない。連れて行かれてしまうよ」


 人ではないモノに自分の名前を教えてはいけない。公国では、伝承のように子供の頃に教えられることだ。


「あの方は連れて行かなかったわ。知っていらしたの。知っていらしたのに」

ルナの小さな声。



 セドリックは思う。ルナは「姫君のふりをする自分に合わせてくれた」と言いたいのだろう。「騎士は騙されたフリをしてくれた」と。


 いつから騎士が、ルナとエステレイル姫を別人だと認識したのかは、セドリックには分からないが、それは騎士にとって小事だったのだと思う。


 ルナはひとつ思い違いをしている。騎士が連れて行きたがったのは「姫君」ではなく間違いなくルナになっていた。それをルナに告げるつもりは、全くない。


「手放せない」と告げた騎士は、怖いほどの本気を感じさせた。騎士が本気になったら、自分では全く相手にならないと、セドリックには分かっている。


騎士がルナを連れていかずにいてくれた理由は、わからない。




 セドリックはルナの足元からレースのショールを拾い上げ、ルナの肩にのせた。

騎士にとかれ背中に広がったままの髪は、柔らかそうでふわふわしている。


「私、本当に行ってもいいと思ったの。あの方はずっとおひとりだったのだから。私が姫君の代わりになれるのなら、それでいいと思ったの」


足元に目を落としたまま、独り言のように漏らす。


 姫君の代わりでなく望まれたのは君自身だ、とセドリックは口に出さずに呟く。でも、そんな事を伝えたらルナは行ってしまいそうだ。


 見目麗しい騎士の余裕のある大人ぶり。熱を孕んだ声であんな風に迫られたら、心を動かされない女性はいないと、少年のセドリックにも思われる。


ルナがまだ子供で良かった。あの瞳の熱の意味を読み取れなくて。


 沈んでいるルナを慰めたいと思っても、騎士のように抱き締めることはセドリックにはためらわれた。先ほどまでの騎士とルナを思い返せばなおさら。


 これくらいは許されるだろうと、小さな女の子にするように、ルナの頭をポンポンと軽くたたく。手に伝わる柔らかい髪の感触は、セドリックをどこか切ない気持ちにさせる。





「戻ろう」

 セドリックが片手にランタンを持ち、もう片手をルナに伸ばした。素直に差し出されたルナの手を、きゅっと握る。三年分成長したはずなのに、あの日より細く頼りなく思える。


「戻ろう」

再度口にして歩き出すと、手を引かれたルナも大人しく着いてくる。


「ありがとう」

後ろからぽつりと聞こえたルナの声。セドリックは聞こえないフリをした。


 三年前の宿題を果たした夜は、今までの収穫祭の夜の中で、セドリックにとって一番長い夜だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ