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迎えに来たひと・3

「ジャスパー、あったかい」

「そんな薄着で出るからです。修道女は寒々しい衣服で外出しなければならないという規則でもあるのですか」


 お説教じみた物言いが坊ちゃまを思わせるのは、瞳を見たせい。


「すぐ戻るつもりだったのよ。――その眼の色、前はもっと黒かったと思うけど」

自分は深掘りされたくないのに、人には追求する。


「以前は目に色ガラスの薄い粒を入れていたのですが、年齢と共に黒に寄ってきたので今はこの」と、リリーの左手を握りなおして続ける。

「右と違和感がないよう、ガラス職人が特殊な加工をした片眼鏡にしました」


「目のなかに物を入れるって痛そう」

まつ毛一本でも痛いのに。

うわぁと思うリリーに、ジャスパーは事もなげに言う。


「慣れです。ですが片眼鏡の方が、はるかに手間がいらない」

「セレスト家とご縁続きだと隠したかったの?」


ジャスパーが黙るのは言葉を選んでいるから。


「公言するような『ご縁』ではありませんので」



 例えば私が坊ちゃまの子を産んだら公言できない、とは、さすがにリリーでも口にはし辛い。触れている肌から伝えてみたけれど、今までより反応が鈍い。

 同じ事をジャスパーも感じるのか、両手から緊張が伝わった。


 声にしなくても会話の成立した坊ちゃまほどでなくても、ジャスパーは他の人より読み取る力に優れていた。それは能力によるものではなく、彼に流れるセレスト家の血の為せるものだったか。


 だから「セレストの男には近寄るな」と折にふれて坊ちゃまは口にしたのかもしれない。でも、もうそれも気にしなくていい、坊ちゃまが閉じていったから。どこまでも周到を極めているのは過保護ゆえかと考えるリリーに、ジャスパーが尋ねる。



「何もかもご存知のように見えます。私の前に誰かあなたを訪ねましたか」 

「いいえ、誰も」


 リリーはゆっくりと息を吸い、吐いた。親しんだジャスパーの香りが冷たい空気と共に肺を満たす。

 気を遣ってくれなくて、いい。ただ事実を並べてくれれば、それで。


「何を伝えに来たの?」

再びのリリーの問い。

「エドモンド殿下が逝去されました」


それはリリーが望んだ通り平坦な口調で告げられた。


「なにがあったの」

何もなく健康な人が急逝するなんて、そうはない。


「狩猟大会が終わり、皆が帰途につくなか、殿下は逆方向へと向かわれました」


ジャスパーの声を聞きながらリリーは目を伏せた。


「どちらへとは、今の時点でははっきりしていませんが。私個人としては、英知の使徒修道院へ行かれるおつもりだったとみています」


 おそらく、この後も殿下が何処へ向かっていたか公表されることはない。公国一の貴公子の謎めいた噂は、永遠のものとなる。


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