琥珀に閉じ込められたもの・2
院長の慈しむような微笑は変わらない。
「先回、儀式の後に箱に収めたのは私です。その時には、ここまで枯れてはいませんでした」
力が減じた事を「枯れる」と表現するのは初耳でも、なにやらしっくりとくる。などと思うリリーに「なにがあったのでしょう」と、院長が呟く。
押し黙るリリーとの間に、静けさが積もってゆく。
誰かが使ってしまったから。そしてそれがどなたであるのか分かっているけれど、口にしたくはない。
自分が半信半疑であるのに、聞かされた相手が信じるとも思えない。
院長が日の差す窓に視線をを移したので、自然リリーもつられる形となった。装飾のない窓枠、お世辞にも掃除が行き届いているとは言えない高窓に切り取られた空は、先日までの雨が嘘のように澄んでいる。
「学校に通い能力を高めたそうですね、シスターリリー」
リリーは身上書を提出していない。修道院へ入るにはそれなりにお金もかかると聞いているのに、求められなかったのは「仕事」だから軍が払ったのだと思っていた。何がどう動いたのかなど、今となっては関心が薄い。
「シスターリリーもここへ来て感じたことと思いますが、英知の使徒派は衰退の一途を辿っています。時代に合わせる道もあったでしょうが、私共はその道を選びませんでした。最後の聖女様が永遠の眠りにつかれたと同時に、私達もゆるやかにお供をしているようなものです――この琥珀のように」
院長が目で示す蟻をリリーもまた同じように見る。院長の意図は察しても、安請け合いはし難い。何しろ試したこともなく、方法もまるで見当がつかない。
「私の力など、本当に僅かなもので。お役に立てるとも思えませんが」
まずは断りを入れた。
分かっているのは「琥珀に力を取り戻すか新たに込めるかして欲しい」という要望に、リリーが「はい」と答えなければ、いつまでも問答が続くのだということ。
そしてリリーの知る限り、若者より年配者が粘り強く、聞き分けないものだ。
「今できることをしてみます。ダメでも、次の儀式までにはお時間があります。それまでに何とかします」
自分でできなければ出来る人を頼ればいい。
この力を使い切ってしまった責任の一端は自分にある。そして思うところのありそうな院長は、リリーにすることがあったほうが良いと考えたのだろう、没頭できるような何かが。
心は凪いでいるのでご心配はいりませんと言うべきかと考えながら、リリーは慎重な手付きで琥珀を手のひらにのせた。ほどよい丸みを感じる。どこか温かみすら感じるのは、もちろん気のせい。
ここを出て行くにしても急ぐ必要はなかった。もう時間ならたっぷりとあるのだから。




