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収穫祭ー騎士・3

「だめだ!!何を言ってるの!?」


 不意に後ろから腕を掴まれ、騎士から引き離された。あまりの勢いと腕の痛みに、ルナはすっかりと頭から抜け落ちていたセドリックの存在を思い出した。


セドリックはひどく険しい顔でルナを睨み付ける。続けて視線を騎士に向けた。


「やはり従者をお連れでしたか」

害意はないと、騎士がセドリックに向けて両手を広げて見せた。


「従者ではありません。彼は高い身分の方です」


 伯爵御令息になんということを。ルナは慌てる一方で、今は騎士の目にも見えているらしいセドリックをどう紹介したものかと悩む。


セドリックはルナの腕を掴んだまま、離す様子は微塵(みじん)もない。


「あなた程高貴な方がなにを」


 少し呆れたように騎士は言い、見えているはずのセドリックをまるでいないかのようにして、ルナに向き合う。


「ああ、それでも、こんな風に止められても。あなたを放せない」


 苦さを混ぜ、せつな気に瞳を揺らされたら、その手を取りたいとルナは思ってしまう。ひとりでさ迷い続けた魂に寄り添えるなら、と。


「私でよければ……どうぞ。連れて行って」


「君は!さっきから何を言っている!自分の言っていることが分かってる?」

セドリックの声が怒気を帯びた。


 掴まれた腕は、骨が軋むように痛い。これ程までにセドリックを怒らせてしまったことを、申し訳なく思うのに。


「わかっています。分かっていて、この方をこれ以上ひとりにしたくない」


 それでもセドリックの意には添えなかった。ルナの瞳は騎士に向けたままだ。ルナは、セドリックに取られた腕とは逆の腕を騎士に向かって伸ばした。唖然とするセドリックの顔が、横目に入る。


「姫君。やはりあなたを連れては行けない」


 ルナの伸ばした腕には触れない。先ほどまで確かに感じた熱は、既に無い。ただ優しい騎士の声音。


「これからあなたは、楽しい時を過ごし、さらに美しくおなりになる。それを隣で見届けるのが私ではなくて残念です」

騎士の唇が美しい弧を描く。


「ひとりで行かないで」


 掠れた声は、ルナ自身の耳にも弱々しく聞こえる。こんな懇願するような声を出したい訳ではないのに。


「だめだ!絶対に行かせない」


 セドリックの譲らないという決意の隠った声に、ルナの言葉はかき消される。


「そういうあなただからこそ、連れてはいけない」

騎士の声にも、大人を感じさせる譲れない何かが含まれた。



「姫君に会いたいと願い続けて、ようやくお会いできたと言うのに。こんなに別れを辛く感じるとは……会えた事を悔やむほどに」

自嘲気味に言った騎士が、ルナの頬に手を伸ばす。


 ルナは、持てる力全てでセドリックの腕を振り切った。騎士の手に自分からも頬を寄せ、その手の上に自分の手を重ねる。


「そんな顔をしないで。別れ難くなる」

騎士が優しく諭すように言う。


「そんな顔」と言われても、ルナには自分がどんな表情をしているのかも、わからない。きっとひどく歪んでいると思う。



 お互いの瞳に、なにかを探しているうちに。少しずつ騎士の鎧の輪郭が、夜に溶け込むように曖昧になってきた。


もう時間が、ない。その顔を目に焼き付けたいと思えば、ルナには瞬きする間すらも惜しい。


「せめてこれを、あなたに。城にいれば、宝石でもドレスでもあなたの望む物すべてを差し上げられたのに」


 いつの間にか騎士の手にあった金色の細長いピンが、ルナに手渡された。その手でルナを抱き寄せる。

この方に一晩で慣れてしまった、と思うルナはされるがままだ。



 長身の騎士が彼よりずいぶん背の低いルナの肩口に顔を埋めて、少し悪戯っ気を含んだ声で囁く。


「最後に……お名前をお聞かせ願いたい」


 驚きというより、ルナはやはりと納得するような心

持ちになる。

「……ルナ……です。知っていらしたの? 私が騎士様の姫君、エステレイル様ではないと」


子供の嘘に、大人がわかっていながらお付き合い下さったのだろうか。



 騎士の表情から読み取ろうと思っても、ルナを抱く腕の力は少しも緩まない。離したくないと全身で叫ぶかのように。この距離では、騎士の顔は見られない。


 これが、騎士の返答なのだろうとルナは思う。今夜したことは無駄ではなかったし騎士を悲しませもしなかった、そう信じていいのだろう。



「姫君。お別れの時が。どうか目を閉じて。あなたの優しさに最大限の感謝を。いつでもあなたの幸せを祈っている」


ルナの心に染みるような声音。これが最後だと告げてくる。騎士の言うとおりに、目を閉じる。






 言われた通り閉じた瞼の内側まで届く光に、ルナの目が眩んだ。落ち着くのを待ち、何度か瞬きをする。


暗さに慣れた眼に、セドリック一人がうつる。月明かりと、小さなランタンの灯り。



  ルナは表情の失せたセドリックに向かい、丁寧に頭を下げた。今夜は叱られるような事ばかりをしてしまった自覚はある。優しいセドリックは生きた心地がしなかっただろう。


「ごめんなさい」

口に出して、もう一度頭を下げた。



 騎士の姿が消えた裏庭は、急に空気が冷えたように感じられる。謝るルナにセドリックは思いやり深い視線を返してきた。


「最後に何と聞かれたの?」

セドリックが穏やかにルナに問いかける。


「名前を教えて欲しい、と」

ルナが答えた。



今夜の私の態度はひどいものだったのに。

今夜、セドリックに聞かれたことは、何でも答えよう。そう決めてルナはセドリックの次の言葉を待った。



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