愛と共に届くもの・5
シスターの顔には「素性を隠しているうちのコに危ない橋を渡らせようだなんて」という非難の色が濃く出ている。
「これはまだ打診で正式な招待状ではないから、お断りしたらいい」
手紙を封筒に戻しながら、気軽にタイアン殿下が言う。
「ですが相応の理由がなくては、アラン様がお困りになります」
アランだって何も好き好んで手紙を預かってきたわけではない。立場上そうせざるを得ないと皆わかっているのに、あまりに苛めてはお気の毒になる。
ルナの言葉に、タイアン殿下がポンと両手を合わせた。今思い出したという仕草だ。
「そうだった。偶然にも私はその日、君達を招いてお茶会を開こうと思っていたのだった」
――ウソをつけ。
殿下以外揃ってそう思ったはず。皆、顔に出ている。
しゃあしゃあと言ってのけた殿下だけれど、お茶会と舞踏会では、お茶会が弱すぎるのではないか。シスターリリーもそう思うからこそ、口をださないのだろう。
「リリー、私を彼に紹介してくれないと。彼も対応に困るだろう」
「彼を私に」ではなく「殿下をアランに」ご紹介。殿下のお求めに、シスターは即座に応じた。
「ご紹介が遅れまして。こちらは公爵タイアン・セレスト様。現大公の弟君で継承権をお持ちでいらっしゃるので私共は『殿下』とお呼びしているわ」
殿下の腕に手を添えたまま、敬意まで省略したような簡素そのものの紹介をする。
「殿下、こちらは王国伯爵コルバン家のご長子アラン様。ルナが何かとお世話になっているの」
珍しい髪色と金茶の瞳、よく香る見慣れない薔薇に思うところのあったらしいアランだが、はっきりと聞かされて顔色を悪くした。
それでも見事な微笑と共に端然と礼をとる。
「思いがけずお目にかかれまして光栄の至りでございます、殿下。お見苦しい点は、旅の途中でございますれば平にご容赦を」
詫びるアランに、殿下はひらりと指先を振り「気兼ねは無用だ」とおうように返す。
「君の話はリリーから聞いている。聞いていた以上の良い男ぶりだね。娘がずい分世話をかけたようだ、私からも礼を言おう」
殿下がお礼を言うのは筋違いでは。ルナがシスターの反応を確かめれば、シスターは疑いの眼を殿下に向けていた。
視線に気付いているはずの殿下が、こちらを見ないのもおかしな事だと思っても、ルナに出来るのは成り行きを見守るくらいだ。
「ところで、君を秘密の守れる男と見込んで打ち明けるのだが――」
さも深刻そうに一呼吸入れた殿下が続ける。
「このルナは何を隠そう私とリリーの間に出来た娘でね」
「は!?」
「ええっ!?」
ルナとシスターの驚きの声が重なった。何を言い出すのかと開いた口の塞がらないルナに、任せておけという風に片目を素早く瞑ってみせた殿下が更に重々しい口調を作る。
「諸事情により伏せているのだが。そういう訳で、易々とユーグ殿下の求めには応じられない。君にご理解頂けて良かったよ。今後このような場合には、まず私を通してくれるね」
ご理解頂けて良かったと言われて、つい納得しかけるが、アランは理解したなどと一言だっていっていない。それでもアランが首を縦に振ったのは、やはりセレスト家のお力なのか。
――あれ、私の生まれの話は殿下にはしていませんでしたか。ルナはシスターに目で問いかけた。
シスターから「話したわよ、推薦状に署名を頂く条件のひとつが『隠し事なし』だったもの」と首を傾げた角度で返される。
――ではなぜ、このような発言を。私を助けるために? 今度はルナが小首をかしげてみせた。
シスターの唇が軽く尖る。「そんなはずあるわけ無いわ。ただユーグ殿下の邪魔をしたいだけ、もしくは面白くしているだけよ」
ここまで全て無言でやり取りしたけれど、大きく取り違えてはいないと思う。
アランだってルナの出自は知っているけれど、恐れ多くも「実父は前国王のはずでは」などとは言えないし、タイアン殿下に「私の娘だ」と目の前で断言されては否定も出来ず、返す言葉はない。
王国のユーグ殿下を防ぐ盾として公国のタイアン殿下はこの上ないと思われるが、それと同時にルナには余計な面倒を招くような気がしてならない。
「殿下、お戯れが過ぎますわ」
注意深く様子を見てこの後の指針を決めたらしいシスターリリーが、やんわりと諌めにかかった。
「おや、言ってはいけない話だったかな。でもまあ、ルナが私達の愛娘だといずれは分かることだ」
強引に通す気らしい殿下は、とぼけつつもルナが我が子であると強調する。
「――ごめんなさいね。そういう事らしいから、あとは自力でなんとかなさって」
肩を竦めてアランに断りを入れるシスターは、タイアン殿下の説得をあっさりと諦めたようだ。
アランが無言でルナに仲立ちを求める。ルナとて何とかして差し上げたい気持ちは多大にある。だからといって、この二人を相手に自分に何ができるというのか。
「アラン様……、ごめんなさい。おっしゃりたいことがあれば、せめてうかがいます」
――つまり、聞くことしかできない。
絶望的な状況は、逆にアランに気持ちの変化をもたらしたらしい。不敵にすら見える小さな笑みを浮かべた。
「場の状況を読むのは得手だと思っていたが、まだまだ足りないらしい」
反省から始まったけれど、不足ではなく相手が悪すぎるのだとルナは心から同情した。なぜかルナを励ますような顔をしつつ、アランが願いを口にした。
「これ以上保護者を増やすのは止めてくれないか。難攻不落にもほどがある」
「承りました」
――確約はできないけれど。保護者はルナが増やすのではなく、勝手に増えてしまうのだから。
清々しくさえある表情のアランを、タイアン殿下はこの上なく面白そうに眺め、シスターリリーは罪悪感をちょっぴり滲ませて見守っている。
アランにまた告白されるかと朝からドキドキしていたけれど、そんな雰囲気はもはや欠片もない。
最強保護者と「新しく判明した父」の前で平然と愛を伝える強心臓の持ち主など、存在しないに違いない。
既に立ち直ったアランは、王家の近況などをタイアン殿下に問われるまま話している。
かわらずタイアン殿下に手を添え、話に合いの手を入れているシスターと三人での談笑。殿下が楽しげにしている間はこの構図は崩れなさそうだ。
ルナは窓から差す陽で時刻を測った。セドリックがこの時間でも顔を見せないところをみると、長期休暇に立ち寄るのだろう。
今日アランを目にしても騎士さまと重ねることはなかった。きちんと別人だと認識できたことにほっとしたのは、アランには内緒だ。
まだしばらくは初恋をひきずっていたい。
思い出に変わるまでもう少しだけ時間をください。
ルナはそう願いながらチューリップを抱え直した。
ここまでで、ルナの初恋物語は終了です。
長々と(私としても予想外に長いお話となりました)お付き合いくださり、ありがとうございました。
いいね・ブクマ等々、継続の力となりました。
感謝申し上げます。
このあと評価を頂けますなら幸いですが、できるだけ点数は甘口でお願いしたいところ。と申し上げるのは、正直が過ぎるでしょうか。
シスターリリー編である「花売り娘」も完結しております。こちらもかなりの長さです。長編好きな方は耐えられると思います☆
素敵な物語が数多あるなかで、長時間お付き合いくださいましたこと重ねて感謝申し上げます。
――長すぎましたよね? ホントのところ☆




