愛と共に届くもの・3
思わず声をあげたルナは両手で顔をおおった。なぜか指の隙間からしっかり見てしまっているけれど。
シスターが頬に唇を触れるまさにその瞬間、タイアン殿下が横を向いたのだ。
目を閉じていたシスターは、そのまま唇をつけた。どこに――タイアン殿下の唇に。
本当に都合よく着地したもので、ルナの見る限りしっかりと唇と唇が当たっている。そのうえ殿下は片手をシスターの腰にまわし逃がさない体勢まで取っている。
ルナの声に何かしら感じたらしく、唇を離しながらシスターは薄目を開けた。
全てを理解したシスターが、上機嫌そのもののタイアン殿下からのけ反るようにして身体を離す。背骨が痛むのではないかと思うほど見事なアーチが出来た。
しまった、と口にしそうなシスターに、してやったりと笑む殿下が告げる。
「まさかこんな古典的な手に引っかかるとは。ますます君が心配になってくる」
「こんな古くさい悪戯を未だになさる方がおありだなんて、誰も思いませんわ」
心底悔しそうにはしているけれど、シスターの顔は赤らみもしていない。
子供と大人とではキスの重みが違うらしい。自分が事故のようにこんな事になったら、心が荒れ模様になる、とルナが考え始めたところで、礼拝堂の扉が音を立てた。
ショーダンサーが踊りの最後に決めるような姿勢をとったシスターとタイアン殿下、両手で頬を押さえたままのルナが揃って扉に注目した。
今年の愛を伝える日も、多忙なシャルルに代わってアランがケンドール家のヘザー嬢へと花を届けたところだ。
ルナの住む町は帰りの最短ルートからは外れるが、連れている――というより立候補でついてきた――護衛三人が温泉保養地での一泊を熱望したので、何の問題もない。
三人を先に保養地へと行かせ、ひとり別れて教会へと花を届けに寄る。
ルナに会うのは聖女派の教会へと巡礼旅に出掛けて以来だ。元気にしているだろうかと、アランは顔をほころばせた。
昨年弟シャルルの婚約が整い訪ねた公都だったが、思いがけなくルナの出自を聞かされ、実母に会うための旅の供を任された。
王家との繋がりが何かしらありそうだと薄々は感じていたものの、先王の隠し子――しかも先王もその存在を知らずに世を去っている――とは、夢にも思わなかった。
良すぎる血筋を知り、つい敬いそうになるのを止めるのに苦労した。
後から執事長バルドーに「お前は『狩り場の令嬢』とやらの噂を知っていたのだろう。ルナとの繋がりをちらとでも考えたか」と聞いた。
バルドーは考える様子を見せたが「いいえ」と短く返すのみだった。
おそらく、いくつもの可能性を考える内のひとつではあったが有力候補ではなかった、そんなところだろう。ガストン家の格を考えれば、愛妾にもなれない。普通に考えれば真っ先に外す候補のひとつだ。
シスターリリーに渡されていたピンにより、初代アランに窮地を救われた。ありがたくも散々に扱われ、子供時代にもなかったような無茶な稽古もつけられた。
剣をかなり使うと自負していたのに、大人が子供をあしらうような力の差を見せつけられ愕然とした。
「昔の騎士は」などと年寄り連中が上の世代を語るのを、昔話として美化しているくらいに思っていたが、昔の騎士はモノが違うのだと身をもって知った。
あの時は余裕がなくルナにも距離をおいてしまったが、初代に痛めつけられたにもかかわらず一種清々しくさえ感じていた。
その後、槍の名手と言われた方に教えを乞うた。騎士の使った時代遅れの重い剣は、筋力されあれば威力はこちらが勝る。通常の剣と同じ程度に扱えるよう鍛練を重ねているところ。
それもこれもルナを守るには武力は欠かせないと思い知らされたからだ。
初代アランはルナに、以前にも姿を見せたことがあったらしい。子供の憧れのように口にしていたルナの「騎士様」が、コルバン家のアランだとは思いもしなかった。
知ってみれば、椿館で自分を追う視線も、もの問いたげな眼差しも納得がいく。その上でなおルナの騎士がアランで良かったと思う。
でなければ他人に警戒心を強く持つよう躾られているルナが、あれほど容易く心を開きはしなかっただろうから。
今は少女らしく騎士に憧れていてもかまわない。遜色のないほど力をつければ、存在しない男に負けはしない。
「そもそも俺の体でなければ、初代は年寄りだ」
あえて口に出した。
今後気にすべきは初代ではなく……アランの頭に浮かぶのは、ルナの前でも貴公子然とした姿勢を全く崩すことのないセドリック・レアードだ。
こちらを挑発することもなく、好意をうまくくるんで隠しルナを困らせたりもしない策士。
彼はもう花を届けたのだろうか。はちあわせも考えられる、とアランは教会の扉を開けた。




