愛と共に届くもの・2
手のひらの上でキラリと光るのは、小さな鳥のブローチだった。澄んだ黄色がとても美しい。
興味津々で隣から覗いたルナとシスターリリーの言葉が重なる。
「ひよこ……かわいい」
「ヒヨコですか。初めて見ました」
先がシスター後がルナだ。
「かわいい」とふわりと微笑んだシスターを、虚をつかれたように瞬きをして眩しげに見詰めたタイアン殿下が「母娘だね」と感心する。
「エドモンドが、いつだったかリリーの事を『絵画的センスがまるで無い。どう伸ばせばよいものか』とこぼしていたけれど、娘までそんな所が似てしまうとは」
気の毒で仕方ないといった口調だ。「何のことだか分からない」と見上げるシスターと自分は同じ顔をしているのだろう。
――だって殿下がニヤリとしている。
「ヒヨコが枝に乗るわけはない。それは金糸雀だ」
「えっっ」
改めてブローチを見れば、確かに金で出来た枝にとまっている。
「この黄色はカナリヤイエローだわ……」
やってしまったとばかりにシスターが呟く。
ヒヨコの黄色ではなくカナリヤの黄色だったらしい。教えられてみれば、もはやカナリヤにしか見えない。
「小さいけれど質は良いものだから、普段づかいにするといい」
大公家の薔薇のブローチは、ここぞに威力を発揮するけれど、花形が形だけに知る人の前ではつけにくい。
だから今年はこれなのだろう。シスターリリーの手つきを見る限り、これも昨年同様上等な品なのだと思われた。
「こんな高価なものをいただいて、後が怖いわ」
ようやく調子を取り戻したらしいシスターが美しく笑む。
「どのみち私の無理はきかされる立場なのだから、遠慮なく受け取ったほうがいい」
庶民が「殿下」にお目にかかる機会など、本来ならばそうそう無い。万が一あれば、おっしゃる通り『殿下のなさる事は絶対』だ。
シスターリリーが好きに振る舞っているのは、殿下がそれを許しているからで、シスターも加減を心得ている。
執事長の仕事ぶりを目にしたり侍女を経験した今ではルナにもそれが分かる。
半端なお金持ちより生粋のお金持ちのほうが。少し身分のある方より古くからの上位貴族の方が、ルナのような庶民にも丁寧に接してくれるものだと、身をもって知っている。
「君は存外かわいい物が好きだったから、一度手にしてしまえば返すなんて出来ないだろう」
心得顔で殿下が決めつける。どうやらその通りらしく、シスターの手はぴくりと動いたものの「返す」とは口にしない。むしろカナリヤを撫でている。
「気に入って良かった」
受け取っての反応を気にしていたらしい殿下は「灰色にも黄色は映えそうだ」と言いながら、礼服の詰め襟のすぐ下にピンを止めた。
礼服にアクセサリーはしないもの。でも今日のような特別な日には許されてもいい。ルナがそう思うくらいブローチは可愛らしい。
「すごく、かわいいです」
ルナが誉めれば、シスターが「自分では見えない」と顎をひく。
殿下はその頭を撫でんばかりの様子で、思い入れたっぷりに愛でている。
「――エドモンドが、君にずっとこうしてやりたかったんだろうが」
切った先に続くのは「出来なくて残念だろう」か「代わりに今日は私が」か。
胸のつまる思いのするルナと違い、顔には一切の翳りを作らずシスターはニコリとして言った。
「大切にします」
タイアン殿下の目元に優しいシワが刻まれる。
「喜んでくれて私も嬉しいよ。せめてお礼のキスくらいはしてくれるんだろう? リリー」
その一言で、ルナの今までの微笑ましい気持ちは一気に硬直したけれど、見ればタイアン殿下はご自身の頬をトントンと人差し指で示している。
頬ならご挨拶でよくあること。男性同士、女性同士、もちろん異性間でも珍しくない。であるのでお断りもしづらい。
シスターが気が進まないのだと知れるため息をついた。
「この格好でそんな事をして、誰かに見られでもしたら、永年の努力が水の泡なのに」
少し嫌そうにためらいを見せると、殿下はより愉しげな顔をする。
「それくらいで済ませるのは、職務中だからこその配慮だよ」
――なるほどご配慮ありがとうございます。と寛大さに感謝しそうになるけれど、よく考えれば必要のないものだ。
大公家の方々は言葉に説得力を持たせるのがお上手。ルナは新しい知識を得た。
抗う姿勢は見せたものの本気で断る気まではなかったらしいシスターが殿下の肩に手を乗せると、殿下が頬を少し寄せた。
ご挨拶程度とはいえ、キスなら視線は外すべきだろうかと迷うルナ。
「ああっ」
次の瞬間思わず小さく叫んだ。




