収穫祭ー準備・1
「収穫祭と騎士と姫君」編 開始です
朝夕が冷えるように感じると、秋だ。
この町では来る冬の準備をする前に、短く良い季節を楽しむために収穫祭がある。
主となる会場はいくつかに分かれる。町の中央広場、祭りの期間中のみ解放される果樹園、町に程近い牧場、ルナのいる教会などだ。
それぞれに出店が出て、町中総出で自分たちが楽しみ、客を迎える。
新鮮なリンゴジュースを味わうことができ、普段は忙しく立ち働き子供にかまう余裕の無い親もこの時ばかりは優しく、子供用のお楽しみもある二日間。
教会ではバザーや、有志による一日手芸教室、ご自慢の手作りお菓子を各々に持ち寄るご婦人方限定のお茶会など、多彩な催しものがある。
いつもの仕事をこなした上に、収穫祭の準備まである。ロージーもルナも、しなければならない事に追われて忙しく、身体が二つ欲しいくらいだ。
今年はそれに加えて、領主館での手伝いを頼まれた。
祭りの日には、普段は管理人しかいない領主館に、現領主の父君である先代のレアード伯がお越しになる。昨年はいらっしゃらなかったと聞くが、今年は久しぶりに町の人達とのふれあいを楽しむのだという。
髪がかなり白くなっておられる先代伯は、若い頃から時折ふらりと町の酒場に現れ、庶民と共にワインを楽しんでいらしたらしい。
町の人々は、収穫祭の日に解放される領主館でお目にかかる事を心待ちにしている。
ロージー主導の菓子作りを手伝い、フォーチュンカードを仕上げ、大鍋いっぱい煮た林檎ジャムを瓶詰めにし、地域の子供達用のくじ引きの景品を整え、バザーに出すレース編みやキルトの値段をシスターリリーと相談し……とにかくこの一週間、ルナはいつも以上によく働いた。
領主館の手伝いに上がるのは、ロージーでもルナでもどちらでもよかったのだけれど、三年ほど前にルナが一ヶ月だけ、先代伯の孫娘である同世代のヘザー嬢の「学友」という名の「夏の間の遊び相手」として招かれたことがあった。
その事もあり、「今回もルナで行こう」とシスターリリーが即断した。
ルナより料理上手で手先の器用なロージーを、お忙しいシスターが手元に残したかったのが本当のところでは? とルナは思っているのだけれど。
シスターリリーは「ジャクソン家担当ロージー・領主家担当ルナで。はい決定」と呟いていたが、返答を求められなかったので、ルナはそのまま聞き流した。
領主館に金曜日に入り、土曜・日曜日がお祭り。月曜日の昼過ぎに、町へ戻る馬車に同乗させてもらい教会へと帰って来るという予定で、ルナが領主館に着いたのが先ほど。
ルナは数年ぶりに先代伯に会い―――先代伯はとてもお元気で昨日お会いしたかのようにお変わりのないご様子だった―――「大きくなったね」と目を細められた。
奥方様には「ずいぶんと娘らしくなったわね。帰りには私のお古で良ければ、何か見繕ってあげましょうね」と、優しい声を掛けられて恐縮した。
お断りすることは恐れ多い事だけれど「奥方様のお使いになるような品はとても日常使いできないので」と、遠回しに遠慮する。
それでも「差し上げた物の使い途はルナの自由よ」と優しい顔で重ねて言われては、ルナにはそれ以上何も申し上げられない。
ヘザー嬢は、都でパーティーに招かれているので祭りには来られないそうで「久しぶりにルナに会える機会を逃して残念がっている」と伝えられ、ルナはそれにも恐縮した。
「いつかあなたにもパーティーを見せてあげるわ」
奥方様の言葉を機に、ルナは一礼して部屋を辞した。
そして、今。こちらでお借りした少しばかりサイズの大きい黒色のメイドドレスの上から白いエプロンをして、ルナは銀器を磨いている。
料理の補助は、ロージーならともかく自分では役に立てないと正直に申告した。
三年前にも大変お世話になった料理人は、「一ヶ月あればオレが仕込んでやるのに残念だ」と笑いながら、銀のカトラリー磨きの仕事を回してくれた。
「料理は、この次に教えてやるよ」
ルナの口に林檎のコンポート(甘煮)を放り込んでくれる。三年前にもこうやって、本来なら先代伯様方の為の茶菓子やデザートを、味見のふりをして食べさせてくれたものだ。
貴重な砂糖がふんだんに使われたコンポートは、柔らかくびっくりするほど美味しい。ルナがあまりの美味しさに目を見張るほどだ。
「今夜のディナーのデザートにはカスタードプディングを出すから、それが磨き終わったら来いよ。どうせ余分が出るから食べさせてやる」
ルナの様子を嬉しそうに眺めた料理人は、ポンポンとボウルを叩いて、人の善い顔で笑った。
北側の窓からはちょうど良い加減の陽光が差し、小部屋でひとり進める作業は、静かで心地よい。
この一週間、走り回るほどに忙しく、大勢と賑やかに過ごしていたせいで、知らず知らずのうちに人疲れしていたようだ。
銀のカトラリーを磨く間は、手が自然に動く。頭を使うこともない。
ルナは、三年前にこの館で過ごした一ヶ月を思い出すことにした。




