レオンとハリーと幼いルナと・2
教会からジャクソン屋敷までは、馬車ならば三十分程度だが、歩くにはかなり遠い。
「陽が落ちるまでには着かなければ」と急ぐ途中で、商会の戻り馬車が二人を拾ってくれた。
ルナの今日着ているワンピースは、ジャクソン家からいただいたお古である。
ご令嬢のピクニック用の軽装だという紺色のワンピースと、ロージーの髪をまとめたこれもまたご令嬢のお古のスカーフが、御者の良い目印になったらしい。
親切な申し出を受けて、二人はほっとして馬車の荷台におさまった。
揺れるし外から丸見えだが、荷馬車でも乗せてもらえるのはありがたい。
道行く人は、教会の看板娘ふたりがチョコンと座る馬車を「今日はお屋敷でのお手伝いなのだろう」と、温かいまなざしで見送った。
「だんな様。こちらは未来を占うカードですのよ。持つだけでも英知の使徒のご加護が得られますの。どうぞ、このバスケットから今夜の一枚をお選びくださいませ」
普段より倍は甘いロージーの声が、少し離れたところから聞こえてくる。
「だんな様のお気持ちは、恵まれない子供たちへの一条の光になりますわ。ぜひ、このパーティーの余興として、一枚引いてくださいな」
ロージーにそっと上目遣いで見上げられた殿方の顔の緩み具合ときたら、正視できたものではない。
今夜は奥方同伴ではないようで、本当に良かった。
ロージーのやり方には、いささかの問題はある。
が「さすがジャクソン家のパーティーと持ち上げるためにも、いつもより寄付を集めなくては、明日奥様にお礼を申し上げる口実にならない」と言った私にも原因の一端はある。
そう考えたルナは、ロージーを止めないことにした。
同じ方法はとても無理だけれど、私なりに寄付を募らなければ。さてどこから再開しようか。
ルナは、昼間のように明るい広間を見渡した。
教会とはローソクまで種類が違うのではないかと思うほど、まばゆい光を放つ灯り。
先程ジャクソン家当主が客人に「隣国で採掘された石を、薄く剥いで張り合わせた珍しい器具で、まだ少量しか取り扱えない」と説明していた。
異国のカトラリー、異国のテーブルクロス、異国の酒。全て商会で扱うものだ。
男性客が多いところを見ると、今夜は社交を主としたパーティーではなく、商売をからめた集まりだろうと、ルナは子供ながらに推測した。
女性が少ないから、ロージーがちやほやされるのだ。まだ十二歳とはいえ、異国風の肉付きのよい健康的な美少女だ。
色白で背ばかり高く、薄い身体のルナよりこの場に映えるのは、間違いなくロージーだ。
いたる所にある鏡のひとつでロージーを確認して、ルナはバスケットを抱え直した。
バスケットの中のフォーチュンカードは、この町ではお馴染みのもの。教会への寄付と引き換えに、本人の選ぶ一枚が渡される。
カードには決められたいくつかの絵のひとつと、数多いメッセージの中からの一言が記されており、当たっても当たらなくても身に付けていれば、英知の使徒の加護が得られるとされる。
もちろん加護はずっと続くわけではない。日ごとに効果は薄れるので、早めに次のカードを受けていただきたい。そう、ルナとしては毎日でも。それだけ教会の収入に繋がるのだから。
作るのに手間はかかるが、使徒の代理人として、いつも心を込めて仕上げるようにしている。
カードのメッセージを真面目に受け取る人も、読みさえしない人もいる。それは、それぞれの心持なのだから、ルナがどうこう言うことではない。
教会育ちの子供である自分達の教養を示すためにも、正確に美しく文字を配するようにしているそのカードは、町の名物のひとつともなっていた。
目にはいる範囲の客人には、あらかた、ロージーと二人で接してしまった。
ロージーは……と見ると、手振りで「隣室へ行く」と伝えて来た。喫煙室狙いだろう。
商談がらみの客人の多い今夜は、お酒もあまり入っていないようだ。危ない目に遭うこともあるまい。
ルナは頷いて「自分はガーデンテラスへ出る」と、ちょいちょいと指先でロージーに伝えた。




