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スカーレットは踊るーエスコートはハリーで・1

 今夜のルナは焦げ茶色の髪を低く落ち着いた位置にまとめた。お湯で落ちる染め粉で染めているが、まるで元々の髪色のように見える。


 通常は肩や胸元を広くあけるドレスは首までレースで覆い露出を抑えた。

 十代の肌と二十代後半の肌は違う。大人の女性になりきりたいのに、広く見せては年齢が誤魔化しにくい。すべてシスターリリーの教えだ。



 装飾品は白い長手袋の上から手首に巻いたブレスレット。色の違う石をいくつか組み合わせた繊細なものだが、一石一石が内側から輝くかのように光り、誰が見ても良いものだとわかる。聞くところによれば馬一頭分の価値があるらしい。


 それにもう一本重ねづけしているのは、赤い石がぐるりと一周したブレスレット。見事に同じ大きさの石が並ぶ様はまるで一本の赤いリボンのようだ。

輝きはそこまでないが、粒の大きさ揃い方と赤色の深さは、ガーネットならともかくルビーだとすれば、これまた価値が高い。


「なんてものを着けてるの。ルナちゃんの手首が切り落とされそうで、ヒヤヒヤするよ」


 ホテルまで迎えに来たハリーの第一声はそれだった。

 今夜のハリーは濃紺の夜会用のスーツに黒い蝶ネクタイを締めている。上着の後ろが長く割れたものではなく、少し軽めの装いだ。


 これからハリーと一緒に出かける軍属の舞踏会には、貴族から平民までが身分を問わず幅広く集まる。

 仰々しくなるのを避けたのだろうが、それが逆にこなれた感じを醸し出すのはハリーならでは。

皆より一枚上手のお洒落だ。


 女性を迎えに来た時には、まず誉めるべきなのに第一声が「切り落とされそう」だなんて。ルナは可笑しくなった。


「これ、オスカーから贈られたものだよね。こちらは?」


ハリーがルナの手をとり、しげしげと眺める。


「シスターリリーが、昔どなたかに頂いた物をお借りしました」


「――頂いた。これを。これ骨董風に艶消しに加工してあるけど、公都に小さなフラットが買えちゃうよ。お金の事は言いたくないけど。あの人は何を捕まえるつもりなんだろうね……」


 呆れたように口にする。つまりルナの腕には、馬つきの小ぶりなフラットが一軒巻き付いているのだ。欲に目がくらんで奪おうとする輩が別に出そうだとハリーは言っている。でも。


「舞踏会には軍の関係者しかいらっしゃらないのだし、往復はハリーさんがご一緒くださるのならその心配は無用では」


「その軍関係者の中に武器を横流しして甘い汁を吸っていた連中がいて、人まで殺してる。油断しちゃだめだ」


 たしなめるハリーが真顔になり、ルビーのブレスレットを目で示す。


「で、この恐ろしく高価なブレスレットにまとわりついている気配は何? ボクは解析が苦手だから教えてくれると助かるんだけど」


「こちらは悪意や敵意を持つ人物が近付くとわかる仕組みになっています。まだ体験はしていないので、どう伝わるのかはよく分かりませんけれど」


 シスターリリーが付加したのではなく、貰った時には完成していて効果は半永久的だという。


「……ボクは今恐ろしい事を知ったみたいだ。それが可能なのはボクの知る限りこの国で最も高貴な一族しかいない」


 これだけの石を揃え贈る財力と「半永久的」などという通常では考えられない効果の持続力。


ハリーにかわってルナが口にした。

「薔薇の香りの御一族」


ブレスレットから目を離さないハリーは無言だ。



 公国を治める大公セレスト家。現在の大公は三兄弟の長子。次男エドモンド殿下は若くしてこの世を去り、三男のタイアン閣下は今は公爵となっている。


 収穫祭の間、レアード館で若君セドリックとのおしゃべりでルナは一般常識として聞いた。


 常識は性別や階級によって異なる。例えば裁縫や料理に関わる知識は庶民女性のルナにとっては一般常識だが、伯爵家嫡男であるセドリックには不要な知識で常識ではない。


 貴族のことなら、尋ねやすいのはセドリックだと考えたルナはいくつかの質問をした。


 結果、修道院の儀式でルナに話しかけた貴公子は、大公家御次男故エドモンド・セレスト殿下に違いないという結論に達した。


 セドリックによると大公家は、身体系と精神系双方の特殊能力を持ち合わせているという。


 学院卒でレオンとハリーの先輩にあたり、在学中からとても優秀で目立つ存在だったと聞くシスターリリーが、学院の理事でもある大公家に目をかけて頂いたのだとしても不思議はないように、ルナには思われる。



「こちらのブレスレットは無害化したんじゃなかった?」


 ルナの手首を慎重に捧げ持つようにしているハリーが、オスカーのブレスレットについて聞く。


 その手つきに「ブレスレットには絶対に触れない」という意志が感じられる。触れるだけで発動するなんてことはないのに。


「一度無害化したのを、今回最大化したそうです。前は着けている人の粘膜に接触すると相手が痺れる効果があったのですが、今は私が危機感を覚え助けを求めると痺れ効果が発動するそうです」


 言葉を失った様子のハリー。

「粘膜への接触? そんなところまで許すなんて生ぬるい。ルナが嫌がったら終わりよ」とシスターリリーが好戦的な笑みを浮かべたことは、シスターの名誉の為に伏せておく。



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「粘膜への接触? そんなところまで許すなんて生ぬるい。ルナが嫌がったら終わりよ」 はい、ここまで突き抜けられ、それを実現可能にできるのが『才能ある挑戦者』 シスター・リリーの場合坊ちゃまの加護もある…
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