姫君と呪術師ールナと若君・5
「でも『死にたい』と君が願ったら、それを止める自分でありたいと思うんだ。嬉々として望みを叶えたりしたくない」
レアール卿が嬉々としていたかどうかはともかく、姫君の意向にどこまでも添うと決めたのもまたひとつの生き方で、私は否定する気にはならない。とは言わずにおく。
子孫であるセドリックから見ればレアール卿は歪かもしれないけれど、エステレイル姫は思うように物事を進められて満足しているようだったから。
今回読んだものはレアール卿の視点であり、姫君にはまた別の物語があって、同じこの結末を迎えたのだろう。
「二度と君に触れたりできないと思ってた」
先祖のしたことで、責めをおう必要はないとルナには思われる。けれどセドリックにはそれほどまでに衝撃的だったのだと、言葉からも分かる。
自分が落ち着いていられるのは、セドリックの心配をしているからだとルナは思い当たった。自分よりうちひしがれている人を目にすると、人は冷静になれるらしい。
今より命の扱いが軽い時代はあったのだ。レアール卿だけではない。
夢で見た戦前らしい高揚した雰囲気の城内を思えば、「私の手は血で汚れている」と口にした騎士アランも別の機会には、その剣で何度も人を傷つけたのだろう。
「かつてあったお話を、私達が引きずる必要はありません」
過去に学ぶ必要はあれど、個人的に思い悩む必要はない。違いますか? と問う。
「……君がそう言うならそうなんだね」
自分に聞かせるようにセドリックが呟く。
「ところで。バックハグはどうでしょうか、若君」
この話はここまで。ルナは無理やり話を変えた。
「君の顔が見られないけれど、自分の情けない姿を見せなくて済むのが何よりいいと思う」
まだ言葉の続きがありそうだと、待つ。
「君がここにいるという安心感がある――もうしばらくこのままでもいい?」
椅子に座るルナに対し、セドリックは立ったままだ。少し高い位置から声が降りてくる。
「はい。こうして欲しいとねだったのは私です。いつまででもこのままで構いません」
「ありがとう」
嫌わないでいてくれて。と小さく耳に入る声は聞こえないふりで。
「若君がそんなに気に入って下さったのなら、お教えして良かった。大半の女の子は好きらしいのです、バックハグ」
「それを僕に教える君の意図は何だろう」
つい、という様に漏れたセドリックの笑いに、ルナは気を良くした。
「何にでも練習がいります。将来の為に必要でしたら、いつでも私が練習台になります」
だから先祖が殺人者であると気にして触れる事をためらったりしないで欲しい。出会ったレアール卿はとても親切で優しく、好んで人を殺めるような人物ではなかった。
そう伝えることが出来ないので、身体の温かさからでも何か伝わればいいと思う。
「今のところ、他の誰かにしようとは思わないけど」
意識して切り換えたらしいセドリックの口調は軽い。
「君には、たまにこうさせて」
お安いご用ですと請け合い、同じくらい軽く補足する。
「後ろから頬っぺにキスするのもアリだと聞きました。お互い初心者の私達には難易度が高いと思われますので、今回は止めましょう。次にしてくださいね」
「――次」
セドリックが絶句する。
今度こそ思考を切り換えられたに違いない。ルナはそっと笑みを溢した。
明日はもう本を開かない。若君に後ろめたい気持ちを抱かせてまで知りたい過去などない。
隠し事があるというなら自分も同じ。薄々感じてはいると思うのに聞き出そうとしないセドリックに、自分だけがこれ以上踏み込むのは失礼が過ぎる。
セドリックの腕のおかげで肩が温かい。若君の顔が見たい。ルナはぐっと首を仰け反らせた。




