姫君と呪術師ーエステレイルとレアール・4
特殊能力者――いわゆる異能持ち――は、公国に申告し登録する義務がある。
能力持ちでも才能を開花させなければ「特殊能力を持たない」とみなされ、申告義務から外れる。
ルナが今訪ねているレアード家の領主館。レアード伯の子息セドリック・レアードは、おそらく精神系の異能持ちだとシスターリリーは確信している。
才能を伸ばす学院ではなく貴族子弟の多く通う学園を選んだのは、伸ばす必要がないからではなく、公国にその才を把握されるのを避ける為だろう。
初代レアード伯が王国出身で「異能」という考え方に馴染まないせいもあるかもしれない。
今頃ルナは「砦の焼けた日」について知っただろうか。シスターリリーは目頭の凝りを解しながら思いを馳せる。
砦に立て籠ろうとした反逆者が都合よく自滅したおかげで、王国は国を二分する騒ぎにならずに済んだ。
先に申し入れてあったとはいえ、隣国のお家騒動に首を突っ込む事もなく静観した大公セレスト家への礼として、王国ベルナール家はレアール伯つきで砦周辺の土地を公国へと譲ると申し出た。
公国はそれを受け入れ、レアール伯にそのままの地位でレアード伯と名乗る事を許した。以来領地替えも断絶もなくこの地はレアード領として今に続く。
実に自然な流れで綻びはどこにも見あたらない。そこが引っ掛かると思うシスターリリーに「禁呪」と囁いたのは、修道院の奇蹟と同じ時間帯に、不意に教会に現れた訪問者だ。
「相も変わらずお前の頭は鳥並みだ。考えれば分かることだ、少しは物を考えろ」などと端正な顔に似合わぬ悪口付きで閉口した。
「レアールはなかなかに面白い術を施した。それ自体は完成に遠かったが一定の成果は出たようだ。お前の娘が二代目と呼ぶ世代は不完全性が目立つが、時が仕上げをしたらしい。今はほぼ完成に近い。これなら四代目は無いであろうよ」
いくつになっても師はありがたい。ミルクティー色の髪と金茶の瞳を持ち目の前に立つ方が、この世の人ではなくとも。
「互いを嫌う男同士が結託すると最強だと知れた」
それはエステレイル姫を巡っての、兄とレアール伯を指すのだろうか。
語る男の、嫌みな形に吊り上がる唇が美しいと眺めつつ「あなたから見たレアール伯とはどのような人物か」とシスターリリーは尋ねた。
「天才ではあるが、狂人めいた部分が透ける。堕ちずによく持ちこたえたと思うほどの複雑な人間性だ。害のない姫を信奉していなければ、退屈からおかしな事を仕出かしたであろう」
聞き慣れない「禁呪」。さも常識であるかのような口振りだが、まことしやかな伝説であり実際に行えるとは考えられない。
そう口にしたシスターリリーを小馬鹿にしつつ、説明が始まる。
「錬金術を修めた呪術師。あの男にしか成し得ない禁呪には、いくつかの魂と体、貴石も必要だ。出来るものならあの砦の巨石の下を掘り返してみろ。お前の目にした事もないような宝石が副葬品として埋められている」
副葬品、つまり巨石は墓石というわけで。墓荒らしをしろと唆している。
「お前の琥珀であの娘から方々を辿り楽しめたが、命を削るような物作りは止めろ」
盛大に顔をしかめられる。
「人の生など長くはない。無駄に使うな」
駆け足で去った方に言われても。思うだけで言葉にはならない。
「――だから来たくなかったのだ。泣くな」
言葉と共に漏れたため息が柔らかで。泣くなと言われても止めるのは難しい。
声音を思い出せばまた泣けそう。シスターリリーは天井を見上げ数度瞬きをした。
ここには涙を拭いてくれる人もいなければ、最高に柔らかい涙拭き用のタオルもないのだ。
気がつけば、外がもう明るい。ボンヤリしている内に夜が明けてしまった。まだ一日祭りはあると言うのに。よい歳をした大人に徹夜は辛い。
「本当に何をしているんだか」
自嘲したシスターリリーは散らかした作業机の上を片付けようと立ち上がった。




