姫君と呪術師ールナと若君・2
それにあの方は最後の聖女をぺてん師だと言っていた。……いや、そうまでは言っていなかった。
「あの儀式を作り上げた最後の聖女様は、見事なのは聖女としての才ではなくその発想と抜かりのなさ、だそうです」
エステル姫の元へと連れて行ってくださった方の言葉をできるだけ思い出して伝えるルナに、セドリックが見極めるような眼差しを向ける。
「ルナの発想とも聖職者が言う言葉とも思えないけど。君にその感想を述べたのはどんな方なの」
「私が言いそうではありませんか」
「全く。僕の経験から言えば、それを口にしそうなのは、自分も異能持ちで結構なレベルにあると自負する人物、だろうか」
……当たっている。
「もうひとつ言うのなら、この琥珀からはこの世の物とは少し異なる気配がする――騎士様のような」
言葉を区切り口にするセドリックは、ルナの反応を見ている。
「……順に、それもお話するつもりでした。儀式の終盤に隣に立たれた方があったのです。お顔は分かりませんでしたが、騎士様ではありませんでした」
セドリックが言葉を発しないので、ルナが続ける。
「『琥珀の力にひかれた』とおっしゃるその方からは、薔薇の香りがしました」
軽く目を見張ったセドリックが問いかける。
「髪の色は」
ミルクティー色かと聞いている、おそらく。薔薇の香りとミルクティー色の髪が揃えば、大公家と決めつけてもいい。
「胸から上は、立ちこめる香の煙で見えませんでした」
「それは焚きすぎだよ」
呆れ口調のセドリックにルナが全面的に賛同する。
「本当に」
「君の話を聞かせてくれる?」
セドリックが「どうぞ」と室内へと誘う。今までずっとドア近くで立ち話をしていた。これからもっと長くなる。
「若君、よろしければお茶をお淹れいたしましょうか。調理場まで往復する時間さえ頂ければ」
ルナの申し出にセドリックが頷く。
「ありがとう。君の淹れたお茶は美味しいから」
今日も明日も明後日もある。急ぐことはないのだ。
セドリックに「日が落ちたら絶対に一人で庭に出たりしないで」と念を押された。あまりに真剣な顔をするので、何に誓えば安心してもらえるのだろうかと、本気で考えたほどだ。
お茶を飲みながら、修道院の「奇蹟」の異様さについて語り――と言っても大騒ぎの間はルナは「寝ていた」ためポールから聞いた話ではある――、アランとエステル姫について知った事を「聞いた話」としてセドリックに伝えた。
「ミモザの城ではエステレイル姫について何か知った?」
言葉を選びながら尋ねるセドリックに、ルナは正直にうなずいた。若君が進んで話そうとはしなかった砦でのエステレイル姫について聞こうとする自分が、知っている事を隠すのは公平ではないように思えたから。
「何を知ったの」と詳細を求めたセドリックは、一通り聞いてルナがさほど知らないと判断したらしい。経緯を語り始めた。
王家の二人の王子。順当にいけば兄王子が継ぐはずの王位をめぐり、兄王子派と弟王子派に貴族も分かれた。
望まずして反逆者にされそうになった弟王子は、首謀者である妻の父、侯爵カルダン卿を抑えきれなかった。
兄王子と特に親しいと思われていたエステレイル姫は、皆の予想に反して一貫して下の兄である弟王子と行動を共にした。
エステレイル姫を兄王子と通じていると疑う向きもあったが、いざとなれば人質として切り札になるという暗黙の了解もあり、弟王子派の内でも丁重に扱われた。
弟王子の本心は知るよしもないが、「御輿に担がれた自分に最初から謀反の意思はない」と密かに兄に親書を送る。
親書が兄の手に届いたかどうか不明のまま、兄王子が軍勢を引き連れて弟王子の居城へと到着する前に、弟王子に扮したレアール伯、アラン・コルバンに扮したアランの部下と共に、エステレイル姫は弟王子派の貴族と軍勢を連れて、より堅牢な国境の砦へと移動した。
ミモザの城に弟王子と、兄王子と親しいアラン・コルバンの二人きりを残して。
兄王子が弟を公式には処罰を求めず許した理由は判らない。その捨て身の行動に感じ入ったか、弟の立場を思いやれるほど気心が知れていたか。
実は大筋を考えたのは兄王子で、将来の反乱分子を即位前にあぶり出す意図があったのか。
勝者は不都合な真実など書き残したりしないものだ。そしてレアール卿はその辺りの憶測を記してはいない。セドリックは淡々と述べた。
レアール伯に黄色のジャスミンのある場所を教えてもらった庭先。あれは城を立つ前日だろうか。思い返すルナに、セドリックが続ける。
「明日『レアール伯』の書き残した物を見せるけれど、君が共感し過ぎるんじゃないかと気がかりなんだ」
「書物ならたぶん大丈夫です。自分が姫君の内側に張り付いたりするわけでもないですし」
物見の塔では危うく落下まで付き合うところだった。
「はりつく……? 恐ろしい事を言うね」
セドリックの眉間にシワが寄る。余計な口を挟んだらしい。見せるのを止めると言われては大変だと、ルナは慌てて付け加えた。
「冗談です。若君」
「――冗談にならないよ」
更に深くなる眉間の皺。ルナは不用意な一言を後悔することとなった。




