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誤認聖女・4

――目が覚めたら朝でした。

困惑するルナに夫人が説明した。


 昨夜は疲れのせいかひどく眠く、体調不良として夕食を中座し休ませてもらった。そこまではルナも記憶している。


 よろしければ三人揃ってこのままという流れになり、揃って泊まることに。

 早朝に起きた二人は、本日帰郷する都合もあり事の説明も兼ねて先に修道院へと送った。戻ってきた馬車がルナの数日分の着替えと院長からの伝言を運んで来たという。


「修道院にいれば、つい働いてしまいます。お約束の期間は過ぎましたし、迎えが来るまでこのまま卿のご招待を受けて客人として滞在させていただきなさい」


 行きの馬車に卿が「招待したい」と手紙を託したら、戻る馬車で院長から「ぜひお願いします」と返ってきた。


 眠っている間の思いがけない展開に恐縮するルナに、お誘いしたのはこちらですから、とルナの謝罪をやんわりと夫人が辞退する。



「今、少しお時間をいただいてもよろしい? 宅には困りごとがございまして。こちらにいらっしゃったのも何かのご縁だから、あなたに相談してみてはどうか、と主人が申しますので」


 おっとりとした様子で夫人が話す。

陽の当たる気持ちの良いテーブルで、もぎたての果物を贅沢に使った朝食を頂きながらでは「はい」と答える以外に、どんな返事があるの言うのだろう。


「その土地に住まう者には思い付かないような考えや知識をお持ちでいらっしゃるかもしれない、と主人が。ご存知でしたか? 最後の聖女様も他からこの地にいらした方なのです」


 儀式に参加したウーズナム卿は、夫人にどのようなお話をなさったのか。ルナは苦笑した。


「奥様には正直に申し上げますが、私は聖女ではなく強いて言うなら『聖女のお使い』なのです。お力になれるなどとはとても思えませんけれど、お話を伺うくらいでよろしければ」


「なんて控え目でいらっしゃるのでしょう」

あまりに感激した夫人の面持ちに、捉え方がズレているのを訂正する気もなくなる。


 本当に「一夜明けたら聖女になっていました」だ。それもこれも強くて目立ちすぎるシスターリリーとそのお知り合いのお力のせい。


とんだとばっちりだとルナは溜め息を飲み込んだ。






 ウーズナム卿には三人の子供がいる。上の二人は嫁いでおり、少し年の離れた末っ子長男九才のサミュエルは、毎年この季節に原因不明の皮膚病に悩まされていた。


 腕の内側、胸、腹部、脚など至るところに痒みの強い赤く膨らんだ発疹ができる。真夏になると消えるそれは例年必ず出現し、小さな子供と両親を悩ませていた。


 村の医者に見せても理由は分からず「昨年も治まったのであれば今年も様子を見ましょう」と言われ、様子を見るうちに発疹が出なくなる。


 最後の聖女が寝付いた五月末から亡くなった七月にかけて出る症状を、この土地に住むウーズナム卿が聖女と関連付けて考えるのも仕方がないと思われた。


 けれど、異能持ちであるシスターリリーやハリー、オスカーの能力を見ているルナからすれば、「呪い」の類ならともかく――それは呪術師や悪魔払いの担当領域――、聖女や特殊能力とは分野の異なる問題だ。


 考えついたのは「若君の助手の視点」からダニ。ルナの知るダニ刺傷の腫れ方とは違うものの、ダニには驚くほど沢山の種類があるらしい。


「草むらに入れば、ダニの中でも特に厄介なダニがついてきてしまう事もある」と教えてくれたのは、野外調査によく出掛けるレアード家の若君セドリック。


 セドリックに教えられたダニ刺されと赤みの広がる範囲は似ているけれど、実際に刺された皮膚を目にする機会が今までなかったので、この発疹が同じものかどうかの判断がつかない。


 ルナは、まず聞いた対処方法を試すことにした。

できるだけたくさんの湯を沸かしてもらい、サミュエルの寝具の布類全てを熱い湯に浸けた。紅茶を淹れるくらい熱い湯にしても、大桶で十分浸けておく内に温度はかなり下がってしまう。


 グラグラと煮た方が良いのだけれど、手がかかり過ぎる。

 結局ここにいても働いていて、修道院にいるのと変わらないと考えながら、腕捲りをして棒でシーツをつつくルナの隣からサミュエルが桶を覗いた。


「僕もお手伝いする」

子供らしい声で言い棒に手を伸ばす。


「よろしくお願いします」

その手に棒を渡す。セドリックから聞いたダニには、人から人へとうつりやすいものと、そうでないものがあった。


 症状が出ているのはサミュエルだけなので、もしこのダニならば「うつりにくい方」だ。


「毎年出現する」という部分が引っかかるけれど、子供は大人の行かないような場所にも入り込むもの。森でベリー摘みをするのが好きなサミュエルは大人とは背丈が違う。当然、触れる場所も違う。

ルナはそう考えた。


「熱いので気をつけてください」

「うん」


 そんなに突っつかなくても、一度上下を返すくらいでいい。けれど遊びの内だろうと好きにさせておく。


 ルナより五歳年下のサミュエルは、皮膚のこともあってこの季節は外出も控えぎみだという。他所から来たルナが珍しくて仕方がないらしく、朝からずっとついて歩いており、母に窘められたのに少しもめげていない。



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