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過去からの贈り物・2

「起きて……ねぇお願いだ。ボクを安心させて……愛しの君」


 切なげにそんな風に何度も懇願されたら、無視できない。仕方なくグレイスは目を覚ました。


手が妙に温かいと思ったら……

ハリーがグレイスの左手を握っていた。


「距離が近すぎますわ」


ていっと跳ねのけようとしたところを、逆に握り込まれてしまった。左手は、諦めるしかない。


「ここは……わたくしの部屋ですわね。レオンは?」

見慣れた小部屋にいた。教会の私室。

最近のルナは気を失い過ぎだと、グレイスは顔をしかめた。


「起きるなりレオンの事を聞くなんて、ボクの愛しの君は本当にひどい人だね」

恨みがましい目付きで、ハリーがグレイスの形の良い爪に唇を寄せた。


それすらも、十二歳には刺激が強いというのに。


「こんなにすぐにお呼びになるなんて、約束が違いませんこと?」

捉えられた指先から気をそらしながら、グレイスが問いかける。


「ごめん。それは謝るよ。だって君があまりにも目覚めないから、心配になって」


「それは……まあ。本当に倒れすぎですわね」

ルナが倒れるところを共有していたグレイスが、ため息をつく。



 グレイスは、主人格であるルナの意識を完全に共有している。逆に、グレイスが表に出ている時の記憶は、ルナにはほぼ残らない。


「倒れた理由はわかってるんだよ。最初の時は、オスカーの残存思念が強すぎて、受け取るルナちゃんの容量を超えちゃったんだ」


そういうこと。グレイスがうなずく。


「今回は、申し訳ない……ボクが最大限『同調』を使ったせいだ。あんなに同調を使うと相手はすごく怠くなるんだ。そして夢うつつになる。人によっては『夢心地』って言う人もいる」

ハリーが続ける。

「そう。好きな相手と共寝をして、さんざん愛を交わして迎えた朝みたいに」


ハリーが色を含ませた目で、グレイスの反応を窺っている。


……なんて男なの!……

頬がかっと火照る自覚がある。


枕でも投げつけようと大きく振りかぶる。

そこを狙うように、ハリーに易々と手首を掴まれ、シーツに押しつけられた。


顔の赤さを隠す手すらなくして、恥ずかしさのあまりグレイスはハリーを睨み付けた。


「だから……そんな顔しても可愛いだけだったら」


寄せられるハリーの唇を思いきり横を向いて避ける。


「それ以上したら、帰りますわ」

効くかどうかわからない脅し文句を、そっぽを向いたまま告げる。


「それは……困るな」


ぽすっと音をたてて、グレイスのすぐ横にハリーの顔が伏せられた。ハリーの焦げ茶色の髪が、さらりと頬にかかってくすぐったい。


体温を感じるほどの距離。

手首を固定され身動きが取れない上に、すぐ隣にはハリーの顔。



……顔の向きを変えたら唇が触れそうだなんて、どんな嫌がらせなの……

グレイスは、またため息をつきたくなった。


「それで、ヘンリーが甘えていらっしゃる訳は何なんですの?」

様々なことを諦めて、天井を見つめながらハリーに声をかける。

近すぎて、横なんて向けない。



「―――ヘンリー?」

聞き返すハリーの声に不穏な気配が混じっている。


……だから顔が近い。近いのよ……

グレイスとしては、是非苦情を申し入れたいところだ。


「ルナとわたくしとで、せめて呼び方を分けた方がいいと思ったのですわ。あなた、今朝もルナの内にわたくしを探していらしたでしょう?」


「バレてたのか……」

「俗に言うバレバレ・ですわ」

「本当に俗っぽい……」



呆れた様子のヘンリーがくすっと笑ってくれて良かった、とグレイスは言葉を続けた。

「ビクターでは、どなたかに聞かれた時に困るかもしれませんし……あまり名乗らないのでしょう?」


「わかった……少しよそよそしいけど、ヘンリーでいいよ。君が呼べば『ヘンリー』も特別になる」


……無駄に甘い言葉を囁かれた気がする……

グレイスは心の中でため息をつく。


そんなこの方を突き放せない自分もどうかと思うけれど……。

一体、今夜何度目の溜め息だろう。






「あのブレスレット、どう思った?」


ヘンリーの言うあのブレスレットとは、今朝、ルナが見つけたオスカーからの八年越しの贈り物のことだ。


色石が七つ嵌まっていて、石をとめる爪のセッティングの見えない職人技は公国では見られないもので、他国で作らせたと思われる・とヘンリーがレオンに説明するのを聞いていた。


「ブレスレットがどうかしましたの?」


何かに落ち込んでいる様子の男に余計な事を言うのは得策ではない・として、グレイスは言葉を選ぶ。

こんな状態で刺激したら、何をされるかわかったものではない。


二十六歳のグレイスではなく、十二歳のルナだったとしても、頭の中で「要警戒」と鐘の音は鳴り響いたに違いない。


「あれ、特注品なんだよ。子供に贈るような品物じゃないんだ」


ああ。グレイスは納得する。

確かに細工は手が込んでいたし、石も町のお店で見かける物とは比べ物にならないほど美しく、素人目にも質が良かった。


何故か傷ついたように聞こえるヘンリーの声。



 降参するから、左手を自由にして欲しい。

グレイスが指先の動きで伝えると、ためらいの後にグレイスの左手が解放された。


自由を取り戻した手で、ぐっとヘンリーの頭を抱え込んでやる。


驚いて起こそうした頭をさらに押さえつけ、そっと髪に指を通した。ヘンリーの髪は手触りがいい。


これが正解かどうかはわからない。

次に会う約束はできないグレイスが、この甘えっ子で傷つきやすい男に今してやれる事は、ここまでだ。


髪をすく指を止めずに「で?」と、先を促す。

あなたは何に傷ついているの・と。


ようやく肩の力を抜きグレイスにされるがままになったヘンリーは、ようやく口を開く。


まったくもって似つかわしくないおずおずとした口調で。



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