子弟交流会ーパーティーの夜に・1
打ち上げを兼ねたパーティーは最終日、若君セドリックとジョン・ラムの通う学園のホールで行われた。
ハリーは昨夜出会ったばかりのシーモアを招いており、マルグリット嬢とメイドのナンシーはパーティーの開始直後に「王国側からのお礼の気持ち」として、輪唱を披露した。
昨夜マルグリット嬢が音楽レストランで披露した「ママお話聞いて」のヴァイオリン演奏の部分をナンシーが担当する。
やはりナンシーはベルク伯夫人お抱えのピアニストの娘で、歌は子供の頃に夫人に習ったらしい。
高音美声のマルグリット嬢に添うそれより少し低いナンシーの声。
ハリーと並んで聴くシーモアは、今日も感動している。
メイドが令嬢と共に歌うなど、身分差に厳格な王国では難しいと思われるが、ここは公国であり侍女のメアリーもいない。
今回の交流会に相応しい一場面になる、とセドリックかハリーが見えない所で何かしら手を回してくれたのではないか。
ルナはそう感じたけれど、自分が礼を口にするのも筋違いな気がして、そこには触れないことにした。
どこかでオーギュストが聴いていてくれたら。そう願う。
マルグリット嬢とシーモアを二人きりにするのは外聞が悪いとハリーが加わり、今夜は三人で過ごすようだ。
レオンは警備を担当しており、見慣れない人物が紛れ込んでいないかと、会場をさりげなく見て回っている。
二人に気付かれないようにルナはナンシーを連れ出し、ホールの脇でセドリックに会わせた。
「今が七時半です。十一時にはお開きになりますので、それより三十分早く戻ってくださいね」
念をおすルナに、緊張した面持ちで頷くナンシーの眼は不思議なほど輝いている。
二人のうしろ姿を見送ったルナは小さく息を吐いた。
マルグリット嬢に頼まれたのはここまでだ。ナンシーをマルグリットの兄上オーギュストに会わせること。でもナンシーを無事にホテルまで連れ帰らなければ、ルナの中では終わった気がしない。
さて人目に付かない所へ移動しなければ。ルナは会場には戻らず、その足で外へと出た。
すぐに四月になるとはいえ屋外は暖かいとはとても言えないが、ナンシーとルナは行動を共にしている事になっている。ルナだけがフラフラとその辺りにいては、不審に思われてしまう。
「計画は順調ですか」
後ろからの声に驚いて振り返ると、ジョン・ラムが微笑を浮かべてついて来ていた。
「いつから……」
思わず口から漏れる。
「玄関を出たところから。『計画』と言ってみたのがカマをかけたようになってしまったでしょうか。本当は何も知りません」
申し訳なそうな顔をするジョン・ラムに対して、咄嗟に返す言葉は出てこない。
「意地悪でしたね、すみません。――レアードは一緒ではない?」
その一言で、本当に何も知らないのだとわかる。公国のご令息は立ち聞きなどというマナー違反はしないのだろう。
ルナは肩に入ってしまった力を抜いた。
「ご用がお有りで、この後ご一緒する予定です」
「レアードとは親類と聞いたけれど、敬語なんですね」
もっともな質問。
「ヘザーとはまだよいのですけれど、セドリック様は本家のご子息でいらっしゃいますので、多少は」
納得のいく返答だったらしく、成る程という表情をされる。本家と分家では格が違う。セドリックに対してヘザーが馴れ馴れし過ぎる位だけれど、レアード家はその辺りルナから見てもおおらかな家風である。
「レアードとの待ち合わせは、どこで?」
「薬草園です。一応は囲われているので、外よりは寒くないと聞きました」
温室ではないが、囲われていると聞いた。セドリックはその一角を専有しているらしく、育てている山野草や薬草を見せてもらう事になっている。
「そこまで送りましょう」
親切なジョン・ラムの申し出は、辞退したくとも断る理由を思いつかない。礼を言い並んで歩き出した。
「レアードに尋ねました」
ジョン・ラムが唐突にきり出す。
「あなたがどこに住んでいて、どうしたら会えるのかと」
なぜ私などにご興味を。聞き返しそうになるが、ルナは無言を選択した。
「止めてくれと言われました。『彼女は平民で、君は子爵家の嫡男だ。将来が無いのに期待させるような行動は慎んで欲しい』と」
ルナが見た目通りの十六・七歳ならば、そろそろそういったお付き合いも考え始める頃。女の子は皆身分差を承知していても夢を見るかもしれない、叶わないと知りつつも。
「なんだかレアードがとても大人な気がして『そういう君こそどうなんだ』と聞き返しました」
ジョン・ラムは会話をなぞるようにルナに教えてくれる。
「ええ」ルナは曖昧に返答した。この会話がどう展開するのか予測がつかない。
「『彼女の意思を最大限尊重する』と。僕から見るとレアードは――。レアードが好きですか」
しばらく前にもシスターリリーに聞かれたような気がする。セドリックが好きかと。その時は思い付く限りの相手を順に好きかと聞かれたけれど。
「笑顔を向けたら笑顔が返されるように、好意を向けたら好意を返されると思っておりますので。好きか好きでないかとお尋ねならば、好きです。セドリック様を好きでない方なんて、私の知る限りおりません」
ジョン・ラムが目を丸くした後、破顔した。とても少年らしい笑顔になる。
「そう、そうですね。まったくもってあなたの言うとおりだ」




