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子弟交流会ー高音美声令嬢の実力・2

この演出に驚いているのは自分だけなのか。


 セドリックとジョン・ラムは驚いたかもしれないが、さすがはご令息。既に立て直して真面目な顔つきを崩さない。


 ヘザーは全身でワクワク感を表現しており、マルグリット嬢はどこか感心したように、唄う給仕を眺めている。


 通常、貴族が使用人や給仕に長く目をとめるなど無い。ひょっとするとマルグリット嬢にはルナの聞きとれない歌詞がわかるのかもしれない、と感じる。


 立ち位置が近すぎて、ルナには上手いのか、ただ美しく大きな声であるのかも分からない内に唄い終わったようだ。


 ハリーが右隣のマルグリット嬢にグラスを掲げると、マルグリット嬢も洗練された動きで応じる。ハリーは続けて左隣にいるルナに向かい同じようにする。ルナも出来るだけマルグリット嬢の真似をした。



 ようやく落ち着いて着席するとマルグリット嬢が口を開いた。女性とはいえ今日の主賓は彼女だ。これでマナーは良いのだろう。


「かなりお上手な『乾杯の歌』で驚きましたわ。とても面白い趣向のお店ですのね。お招きありがとう存じます」


「我が国は料理に関しては、美食の国とも呼ばれる王国の足元にも及びませんので、別の方向でお楽しみ頂こうかと」


 マルグリット嬢とハリーのやり取り。これでマルグリット嬢は二十歳だったか。ルナは深遠なる貴族教育の一端を垣間見た気分になる。



「どうしたの?」

 ルナはハリーとセドリックの間に座っている。セドリックが隣から小声で聞いた。


「いえ大したことでは。マルグリット様の堂々としたお姿に、ご令嬢が皆このようなら私にはとても無理だなって」


 セーラもたまには出掛けるであろう夜会などでこれを見るのだろうか。ならば怖じ気づくのも無理はない。


「気にすることはないよ。よく考えて。ヘザーだって一応は男爵家の子だ。でもあと五・六年でマルグリット嬢になれると思う? 十四年も成長がないのに」


 従兄弟とはいえ酷いことを言う。思わずヘザーに目をやると、彼女は隣に座るジョン・ラムに「セドリックは学校ではどうなの?」と聞いている。「何か失敗をしていたりしない?」と。


さすがジョン・ラムは、当たり障りのない返答をしている。


「……ずいぶんと変わった質問ですね」

「だってヘザーだよ?」


 暗にあれでも「御令嬢だよ」とセドリックは言っている。皆が皆マルグリット嬢を目標にしなくても良いらしい。ルナはセドリックに礼を言う。


「ありがとうございます、若君」


「いや、マルグリット嬢はまた別の意味でお手本にしなくても良いような気がするから、君がわかってくれて良かった。でも、ヘザーの会話に付き合ってくれているラムには後で何かお詫びをしなくちゃね」


セドリックは気の毒そうに友人を見やった。






 マルグリット嬢が会話の主導権を握っているように見えるがそうではない。

マルグリット嬢が話しやすく、セドリックとジョン・ラムの興味をひきそうな話題に、ハリーがそれとなく誘導している。


 ヘザーはマルグリット嬢の言葉の全てに感嘆の声を上げるし、ルナは侍女という立場上、今は聞き役に徹している。女子ふたりは気を回さなくて良い、とハリーが判断した結果だろう。


 セドリックもジョン・ラムも正統派の令息だ。この店の客層としては最年少だろうが、高級料理店の雰囲気に馴染むのは早い。


 マルグリット嬢の人目を惹くドレスの色もあり、テーブルの華やかさは群を抜く。後から来店した客も皆ちらりと見ては微笑を浮かべていた。



 食事の合間には、中央に置かれた白い円壇で専属歌手により数曲の小品が歌われたり、今は弦楽の四重奏が終わったところだ。


お祝いの席であるらしい卓では、歌手がテーブルまで行き「歓びの歌」を歌う。


 当初はいちいち驚いていたルナとヘザーも慣れて、歌手が歌う最中でも聴きながら他の会話ができるようになった頃、ハリーに声を掛ける紳士があった。



「ご歓談中にお邪魔をする失礼をお許し頂きたい」


 ハリーより少し歳上に見える紳士がしばらく前から、会話の切れめを待つように立っているのには、皆気付いていた。ルナなど気になって落ち着かずハラハラしていたくらいだ。


ハリーが振り返り立ち上がる。つまりハリーより高位の方、貴族だ。


「これは。シーモア様がおいでとは。ご挨拶も申し上げず失礼致しました」


「いや、このような場所では挨拶は不要ですよ。――こちらは交流会のお集まりとお見受けしましたが」


 言われてスッと立ち上がろうとしたセドリックとジョン・ラムを、シーモア様と呼ばれた男性が軽く制止した。


「どうぞ掛けたままで」


シーモアはそのまま視線を流してマルグリット嬢に留めた。


「失礼ながら、そちらの目のさめるようにお美しい御令嬢は、ベルク伯の御息女マルグリット・ベルク嬢ではございませんか」


 一瞬驚く気配が伝わったもののマルグリット嬢はごく落ち着いた様子で、背筋を伸ばして座ったまま肯定した。


「はい。マルグリット・ベルクですわ。失礼ながら、あなた様は。私、どこかでお会いしておりましたかしら」



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