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子弟交流会ー高音美声令嬢の実力・1

 セドリックと共にルナが店に到着すると、席には既にヘザーとハリーがいた。


 すぐに立ち上がりルナをエスコートしてくれた礼を述べるハリーに対して、年若い者として令息のお手本のような態度で応じるセドリック。


 見ているだけで勉強になると然り気無く様子を窺うルナに、ヘザーは抱きつかんばかりだ。


「ご機嫌いかが。ルナ・レアード? マルグリット様とお会いできるって思ったら楽しみで昨夜は眠れなかったの」


 ヘザーが、くふふと特徴のある笑いを漏らす。

「いいわね、ルナはマルグリット様と毎日ご一緒できて。やっぱり私が侍女になればよかったわ」


ルナの心は小さな声になったらしい。

「いや、無理だから」

しかしルナは口に出していない。


 では今の声は若君セドリック? と見ればセドリックは、まじまじとハリーを見ている。


 ハリーはいつものにこやかな顔で何事もない様子だけれど、この状況を見る限り今の言葉はハリーが発したと思われる。


「女の子がいると場が華やいでいいね」


 ハリーに同意を求められたセドリックが、元の貴公子然とした表情に戻る。


「本当に。ヘザーはいつもあんな風です」

「でしょうね。レアード君とは全く違うようだ」

ハリーの感想は率直だ。


「従姉妹など似てなくて当然のように思います。似ていたいとも思えない」

「その意見には全面的に賛成するね」


 セドリックにハリーが同意を示し、二人は頷き合っている。お互い従姉妹には思うところがある、という事か。


 マルグリット嬢のドレスが楽しみだとヘザーが話すのを聞きながら、ルナはセドリック達の話も気になり聞き耳を立てた。



「ベルク様、ラム様がお着きでございます」


 知らせと共に目のさめるような濃いピンク色のドレスが、視界に飛び込んだ。昼間は顔の両側に垂らしていた縦ロールを上手く活かして大きく結い上げた髪は一筋の後れ毛もない。


 耳に下げた金の飾りは細く縦に長く、肩上ギリギリでマルグリット嬢の動きに合わせて美しく揺れる。


お化粧はいつものように濃く頬紅をつけているが、皆が着飾った夜の店内では、意外にしっくりと来る。


 昼間はルナの助言に合わせて「その国のマナーにあわせるのも嗜みのひとつでしてよ」と、頬の色を薄めにいたが、今夜しっかりと色をのせているのは「自分らしく堂々と」という意味合いだろうか。


「相変わらずお綺麗なお顔」

ほうっと感動した様子でヘザーが言う。


「あら、ヘザー様。また正直な」

マルグリット嬢が普段より一段と高い美声で「ほほ」と笑う。


「えっ?」


 ルナにはこの展開は二度目で驚きはない。今の「えっ」はルナではない。


 ヘザーがうっとりとマルグリット嬢を見つめる。

「それに素敵な髪型。どうしたらそんな形になりますの? 私もしてみたいわ」


「はっ?」


 絶対に今の「はっ?」はセドリックだ。そして先程の「えっ?」はジョン・ラムだ。ルナが二人を見れば、二人とも「見知らぬ人」と云うよりは「見知らぬ生き物」を見る目付きでヘザーを凝視していた。


 確かにあの髪は盛り上げ過ぎだと、ルナでも思う。ヘザーの美意識はマルグリット嬢とピタリと合っても、世間とはズレているとセドリックとジョン・ラムの反応でわかる。


 黄色のドレスでは地味に思え、この濃いピンクも良いなどと思い始めたルナは少しずつ感化されているのかもしれない。


 ハリーの反応はどうだろうか。横目で見るルナに、ジョン・ラムと挨拶を終えたハリーが愛想の良い笑顔のまま口にする。


「なぁに、ルナちゃん。これでもボクは外交部所属の上、商人の息子だよ。色々見てきているし、今のボクは仕事仕様だ。驚いても顔に出すなんて事はないよ」


――つまりはハリーも驚いた、と。本気のマルグリット嬢を見るのは初めてだから。



「皆様、乾杯の準備が整いました」


 一通り挨拶が済むのを待っていたのだろう。よい頃合いに黄金色の発泡酒を満たしたグラスが運ばれて来る。


「この店の流儀は少し変わっていて。少し目立っちゃうけど、まず乾杯は立って行うんだ」


 給仕を待たせてハリーが一同に説明する。どうやら来店経験があるのはハリーだけらしい。


 当然のように個室だと思っていたが来てみれば、柱や背の高い置物などで全体が見渡せないようにはしてあるものの、広い部屋に幾つものテーブルが並ぶ造りだった。


 中央には洒落た白い屋根つきの円壇が床より数段高くなるように設置され、形は似ていないのにルナは港町でロージーがまるで舞台のように使った「お立ち台」を思い浮かべた。



「グラスをしっかり持ってね」


ハリーが言い、隣に立つ給仕に「お待たせ」と声をかける。


 何の事だろうと思いつつ、ルナが給仕に目を移したその時、耳元で歌声が響いた。給仕が朗々と歌っている。

驚きのあまり思わず取り落としそうになるグラスを、ルナの手ごとハリーが握った。


こうなると予測していたのだろう。してやったりという顔で「だから言ったのに」と唇が動く。


 皆はどうなのだろう。ルナはハリーの手をそのままに、聞き慣れない言葉の歌を聞きながらテーブルを順に確認した。



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