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子弟交流会ー深窓の令嬢・3

「あの、あなた様はとても良い香りがいたします。これは?」


 ルナの質問に、本人も照れて隠した顔をどうしていいのか分からなかったらしいセーラが、ほっとした表情で手を離した。


「私くらいの年齢の女性にはこれ、と勧められたものですの。そういえば、あなた様の香りは少し雰囲気が違いますのね」


「ええ、シス……母が、知人の工房で遊びながら作ったとかで。花の香りに若い男性が寄ってこないようにと、野菜の香りにしたのだそうです。大半の若い男性は野菜がお好きじゃないからって」


 シスターの説明文をそのまま伝えると、セーラが小さく声を立てて笑った。こらえきれなかったらしい。


「楽しいお母様ですね。ご結婚を望まないなんて」


「ええ。いつも、ずっとここに居ていいのよ、と口にします」



 本当の事だ。そして昨日ルナがホテルに戻ると香水が届いていた。どこまでも爽やかで、スッキリとしたルナだけの香り。


 夕食を共にしたハリーも「これなら仕事でもつけられそうだね。移るとか残るとか全く心配がいらない。つい摘みたくなるような美味しそうな香りだよね」と興味津々で、何度も嗅ぎなおしていた。


 手首につけて試したせいで、ずっと握られてハリーが鼻を何度となく触れさせるのにはドキドキした。「シスターリリー話が違います。野菜を好きな男性がこんな所にいました」とすぐにも伝えたくなった。


――それにしても、まさかセーラがハリーを好きだったとは。と、結局そこに戻ってしまう。



「母が以前に申しておりました」

思い出してルナは口にした。上手く伝えられる自信はないけれど。


「無理というものは続かないし、あまり意味がないと。無理を通してその時は上手くやったつもりでも、無理をしたせいで歪みが出てくる。それならば流れに任せて、到着する岸を調整した方が生きやすいのではないか、と」


セーラは黙って聴いている。


「正直意味はよく分かりません。口にする母本人も『まだ岸に着いていない』そうですので、正しいかどうかも分かりません」


 目指す岸に着けるよう流れている間の努力は必要、と解釈している。


「私なりに思ったのが、人に我を押しつけず、こうだったらいいなと思う位に留めて、後は状況に任せる。それでいいのかもしれないと」


これでセーラに何が伝わるのか、言っているルナにも自信はない。


「例えば今日。本当は私、公都に来るのは気がすすまず、断りきれずに来たようなものです。でもこうやってお話しできたのは、私が『行きたくない』という気持ちを押し通さず状況に任せたからです」


 考えるように聞いていたセーラが小さく頷く。それに力を得てルナが続ける。


「これは小さな事ですけれど、行きたくないという我を通さずにいて良かったと思っています」


ようやくセーラが口を開いた。


「今日はたくさんお話しをし過ぎて、まだ整理がつかないのですけれど。いくつも当てはまる事がありそうに思えますの。ゆっくりとこれから考えてみます」


もうひとつ思い出したルナが、言い添える。

「あと母が言っていました。『押してダメなら引く』」


セーラが小首を傾げる。

「何でしょう? それは」


「さぁ、私にも分かりません。母はよく分からない事を口にするので、私も聞き返さない事が多いのです。きっと自分に必要な時には思い出します」


 セーラが笑った。これで社交が苦手なんて。

慣れればきっとヘザーとなら仲良くなれると思う。


「リンデン嬢」

入口から女性兵士の声がかかった。迎えが来たに違いない。おそらくハリーが。


「はい。では、お先に失礼致します。楽しゅうございました」


急ぎ立ち上がるセーラに合わせてルナも立つ。


「こういう会を母は『女子会』と呼んでおりますが。女子会で話した内容は殿方には明かさないのがルールなのだそうです。どうぞ覚えていて下さい」


 唇の前に人差し指を立てるルナに、セーラが今日一番の笑顔を向けた。


「絶対に忘れませんわ」


 セーラの後ろに見える女性兵士も、同意見だとばかりに大きな笑顔を見せている。


 去っていく後ろ姿をどこか清々しい気持ちで見送って、ルナは椅子に座り込んだ。


「疲れた……もう頑張れない。頑張りたくない……」


 口に出せば、情けなくて自分でも笑ってしまうけれど、ひどく疲れを自覚する。やはり社交性の無いのは自分ではないかと思われる。


 今日はまだ、気の張る会食が夜にある。

帰る時に呼んでくれるのは、先程の感じの良い女性だろう。寝ていたら起こしてくれるに違いない。


 十五分でいい寝かせて下さい。叶うなら三十分。ルナは目を閉じた。



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