子弟交流会ー学園のセドリック
セドリックが通っているのは、時計塔を備えたすっきりとした建物が特徴的な、洗練された雰囲気の学園だった。
昨夜の子弟交流会で令嬢方と夕食を共にしたご令息のうち四人がこの学園の生徒である。
ルナはセドリックの先導のもと、王国令嬢の一団の後ろに付いて、しずしずと学舎の廊下を進んでいた。
この建物のどこかに兄君オーギュストがいるはず。そう思うと辺りを見回したくなる。物語のように都合よく兄妹が出くわしたりはしないと分かっていても。
セドリックには会ってすぐに「相談したいことがあります」と伝えてある。特に疑問を口にせず「わかったよ」と一言で済ませて、セドリックは学年代表としてそのまま優等生らしい挨拶に入った。
爽やかな笑顔の威力は両国共通らしい。扇のかげで「素敵な方ね」「おいくつかしら」と令嬢同士で交わされる会話が耳に入り、ルナの頬は思わず緩んだ。
そんな中、やはりマルグリット嬢は他の令嬢と少し距離がある。子爵家の令嬢同士、男爵家の令嬢同士が行動を共にしていて、マルグリット嬢はほぼ独りになりがちで。やはりルナが侍女として付いて歩くのは正解だったと思われた。
学園の昼食は大きなトレイに並べられた料理を、食べたいだけ自分で食器に盛り付ける方式になっており、見学を一時中断したマルグリット嬢とルナはセドリックと三人でテーブルに着いた。
他には聞かれたくない話題を出すには、この孤立状態は逆に都合が良い。着席早々セドリックが切り出した。
「ベルク嬢の前で聞いていいのかな? 君の相談ごとを」
「むしろマルグリット様のお手伝いで、若君にお願いしたいと言いますか」
何だろうという風に、セドリックが先を促す。
ルナは用意してきた説明をよどみなく口にした。
マルグリット嬢の兄君とメイドのナンシーを密かに会わせたい。研究生の兄君オーギュストとの仲介をセドリックに頼みたい。あるかどうか不明のパーティー又はその夜しか逢瀬の時間は取れそうにない。
ルナの説明を黙って一通り聞いたセドリックは、あっさりと応じた。
「それなら僕はお役に立てると思うよ」
「まぁ、よろしいんですの」
美しい声を抑えて確かめるマルグリット嬢の顔には、隠しきれない喜びが見てとれる。
「ベルク先生には、何度か質問をしに研究室に伺った折りに、お会いしているし。打ち上げパーティーの会場なら、学園のホールに決まったと先程外交部の方から知らされたから」
僕が連絡係を引き受ければ、会わせるのにそんなに苦労はしないんじゃないかな、と続く。
「まさか、そんなに都合良く……」
「加わっている君に都合がいいなら、交流会全体に都合がいいんだよ。参加している男子には学園の生徒が四人もいるし、どこかを借りるのと違ってここのホールなら、使用されている日の方が少ない。料理は――」
ルナの呟きをひろったセドリックが指先を上品に皿の縁に添える。
「晩餐会のレベルは無理だけど、パーティーなら対応できる」
「確かに、食べられますわね」
マルグリット嬢が同意する。ルナには充分過ぎるご馳走だけれど、二人とも普段はもっと上質な物を食していらっしゃるのだろうと理解する。
「そして演奏する機会を求める器楽同好会がある。趣味の集まりだけど、幼少のみぎりから楽器に触れている生徒ばかりだから、それなりの腕だよ」
セドリックの説明によれば。踊ることの出来る広さのホールと、マルグリット嬢の口に合う――言い過ぎかもしれない。食べられる――レベルの料理と、音楽が揃う。この学園には。
「何だか安上がり……お手軽?」
ルナの言葉にセドリックが破顔した。マルグリット嬢は視線を外して口元を押さえている。
「それを口にしてしまう所が、君だね」
「私、思いつきもしませんでしたわ」
どうやら失言だったらしい。ルナは発言を後悔したけれど、一気に場が和み二人が打ち解けたように感じられる。
「パーティー用の予算は組んでいなかったのだろうね。行事としては」
「そのようですわね」
セドリックとマルグリット嬢は、旧知の仲であったかのように会話を続けている。これがいわゆる貴族の社交術というものなのだろう。
ルナはそっと部屋を見回した。普段女生徒のいない学園に、同じ年頃のしかも公国女子より服装にも髪型にも気を遣った綺羅きらしい令嬢が五人もいる。
見える範囲の男子生徒は、皆明らかにそちらを意識していると感じられるのに、無遠慮に眺めたりしないあたりが礼儀正しい公国紳士だと、ルナは感心した。
王国の令嬢方は二つのテーブルに分かれ、参加者の公国令息と談笑している。そこに令息の友人方が加わり大きなグループになっている。その状況を楽しんでいるらしい令嬢方は笑顔だ。
セドリックが請け負ってくれた事で、ルナも肩の荷が下りたように気持ちが軽い。急に空腹を覚える。
出来そうにない事を抱え込んだりせず、出来そうな人――セドリック――を探して良かった。
オーギュストについて語るふたりの隣で、ルナはフォークを握り直した。
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