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子弟交流会ーメイドのナンシー・5

 ルナはレオンの緑の眸が、光の加減によって青みがかって見えると、共に暮らすようになって知った。


「どうした、ミレディ」

優しく聞かれて、自分が長くレオンを見つめていたと知る。慌てて立ち上がる。


「レオン様の目の色が綺麗でつい見惚れてしまいました」


「私だからいいが、どこででもそんな事を言って回るなよミレディ。勘違いする男が出てきそうだ」


 やれやれと言いたげにレオンが小さく首を振る。「見た目は大人でも、まだまだ子供だな」と呟かれたのは聞き流した。


「レオン様以外には言わないことにします」と殊勝な顔つきで約束して、ルナは全く見ることなく終わった図鑑を閉じた。







 王国公国の次代を担う若人の交流を深めるという主旨のもと、集団見合いの場ともなっている子弟交流会。


 図書館からホテルに戻る馬車でルナはマルグリット嬢に、その辺りの考えを聞いた。


 公国男子から将来の夫を探そうというのなら、侍女としては協力せねばならないが、マルグリット嬢はコルバン家の長男アランに思いを寄せていたはずだ。少なくともラベンダー祭りの時には。


「今回の参加の目的はメイドのナンシーさんを兄君オーギュスト様に会わせる、その一点でしょうか」ルナの問いにマルグリット嬢は、ためらいなく答えた。


「第一にはナンシーを兄に会わせたいという気持ちでしてよ。侍女のメアリーの両親は小うるさいので『娘を国外へは出さない』と言うはずだと思っておりましたし」


小うるさい、などと高位貴族のお嬢様が口にして良いものだろうか。


「あとは良いご縁を求めて……いなくはございませんことよ。私が公国に嫁いでも、夫となる方に王国に来て頂いても。ベルク家には今や財力には余裕があり、人手が足りない状況ですから、数字や経営にお強い殿方なら、父は爵位を買うお金くらい出しますわ。領地のない爵位なら、売りたがる貴族はいますもの」


ルナが小さく挙手した。


「あの、以前ラベンダー祭の際に、お慕いする方がいらっしゃると伺いましたが」


 まだ半年ちょっとしか経っていない。情熱的に語っていらしたが、それはどうしたのだろうか。相手がアランだとその場にいる全員が分かっているのに、名を伏せたままで進んだ会話だ。


「アラン様ですわね」

あっさりと名を口にしたマルグリット嬢が、あぁと納得顔になる。


「ルナさんは体調を崩されてお休み中でしたものね」


いえ寝過ごしただけです、とは言えない雰囲気にルナは曖昧にうなずく。


「あの夜のパーティーで『近くの森に早朝に美しい声で鳴く鳥がいる』と聞き、シャルル様達と四人で城から少し離れた森へと出掛けましたの」



―――その時に。マルグリット嬢が、小説を音読するかのように語り始める。


 シャルルとヘザーは、ひらけた場所で朝日を見ると駆け出して行った。


「まぁ、ヘザー様。スカートが跳ねておみ足が見えていらしてよ」


たしなめるマルグリット嬢にアランが笑いかける。


「あなたのように美しく歩ける方ばかりではありませんよ」



――声色まで使い分けなくても。と思ってもルナは口にしない。マルグリットの驚くほど上手い一人語りを、おとなしく拝聴するのみだ。



 森の中で鳥の鳴き声を待ちながら、二人きりで静かな朝を過ごす。アランが不意にマルグリットを見詰めた。ドキリと鼓動が跳ねるマルグリット。


「あなたに言っておかねばならない事がある」


 アランの真摯な声音にマルグリットはドキドキする胸を押さえながら、平然と聞こえるよう声を出す。


「どのような事でしょう」


「私の思い込みだったら、うぬぼれるなと笑い飛ばしてくれていい」

マルグリットには、アランの瞳のなかに星が見える。


「美しく気高い貴女に想いを寄せられたら、有頂天にならない男はいないだろう」


 もしや、これは。マルグリットは今すぐ口にしたい。「 自惚れなどではなく、あなたをお慕いしております」と。


マルグリットが呼吸を整える間に、アランがその端正な顔を陰らせる。


「けれども、それが私なら私はその想いに応えられない」


 マルグリットは驚きのあまり息を詰めた。苦しくなってようやく、はくはくと吸ってからアランの横顔に目を移した。


 シャープな顎のライン。首から肩にかけての優美さもやはり王国一だと、マルグリットは再確認する。こんな方に愛されたら、どんなにか幸せだろうと思う。


 想いに応えられないと言われたか。マルグリットは、アランの言葉を噛み締める。まだ私の人となりを知って頂いたわけではない。名門ではないもののベルク家も伯爵家。家格としてはも問題はないはず。


容姿についてはたった今「美しく気高い」と言われたばかり。ならば、何故? ここで黙って引き下がることなど出来はしない。


「何故ですの? 私のどこが不足ですの?」


詰問調になるのを止めるのに苦労しながら、マルグリットは口にした。


「不足などあなたにある訳がない」

「ならば、なぜ」


 マルグリットはアランの腕にすがるようにして、惹き付けられてやまないその横顔を見上げた。アランもマルグリットに視線を合わせる。


アランの目には、溢れるほどの気持ちがこもっていた……



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