子弟交流会ーメイドのナンシー・3
部屋には常にナンシーがいる。だから会話をする場所に馬車を選んだ、それはわかる。
でも、なぜこの話を聞かせたのか。貴族らしく遠回しに尋ねようと思えば、まだ文教区まではたっぷりと時間がある。けれど。
ルナは直接要点に入った。
「マルグリット様は、どうして私にその事をお話しに?」
マルグリット嬢の顔に驚きの色が見えたが、令嬢らしくすぐに平静を取り戻す。
「ルナさんなら分かってくれそうな気がしましたの。ラベンダー祭の際にお会いして」
……そんな要素がどこに。アランの顔が一瞬よぎるけれど全力で阻止して、真っ直ぐに目の前のご令嬢に視線を合わせる。
「兄の戻る前にナンシーが嫁ぐと決まりましたの。父の意向で」
「それは、ベルク卿が兄君とナンシーさんの事をご存知で、ですか?」
マルグリット嬢の表情に微かに曇りが生じた。
「そうだとも、そうでないとも。父は……家の恥を申し上げるようですけれど、娘の私から見て、ナンシーを女性として気にかけているように思えますの。この二年ほど」
ルナは絶句した。父子で同じ女性に心惹かれるとは。驚きを顔に出さなかっただけ頑張ったほうだ。
「兄と親しくするナンシーを見たくないか。二人の事に気付いていないのなら、自分がナンシーの姿を目にいれることが苦しくなって、他所に出す気になったか」
マルグリット嬢がまたハンカチの縁をなぞる。
「父の名誉の為に申し上げますけれど、父は大変自制心が強く、母を裏切るような真似は今まで一度だってありませんのよ」
「ある意味、そういう紳士の歳がいってからの片恋が、根深く始末が悪い……」
椿館で耳にした話では、若くない堅物の紳士が「人生最後の恋」を求めると滑稽で済めばいいが、悲惨な結果に終わるとその傷は深いとも。
確かそんな話だった。が、つい口に出たと顔から血の気がひく。人様のお父上になんてこと。
目を見開いたマルグリット嬢に、慌てて取り繕おうとしてももう遅い。アワアワとするルナに高音の笑い声が響いた。
ルナは首をすくめて、笑いがおさまるのを待つしかない。
「あぁ、可笑しい。こんな風に笑ったことなどございませんでしてよ。ひとの父親をつかまえて、なんと辛辣な」
「申し開きのしようもございません」
低頭するルナにマルグリット嬢は、実用性の全くないハンカチで、笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を押さえて首を横に振った。
「ルナさんの仰る通りですわ。もう申し上げてしまいますけれど、父の見付けてきたナンシーのお相手というのが、十五も歳上の男爵なんですの。平民のナンシーが爵位持ちに嫁ぐのですから良い縁談に思えるかもしれませんけれど、十五も年上ですのよ」
十五歳。ルナとレオンやハリーもそれくらい離れている。二人と結婚するのは全く別の話として、年齢的な問題は無いような気がする。
ナンシーが二十歳。お相手が三十五歳。レオンやハリーはその年になっても変わらず素敵だろうとルナには思われる。
「嫌がらせじみていますでしょう? 若い男性に嫁がせるのが我慢ならないのに違いありませんわ。ルナさんの仰る通り、本当に始末が悪い」
……繰り返さないで欲しい、出来れば忘れて頂きたいと思うルナに頓着せず、マルグリット嬢が顔を歪める。
「その方、奥方を亡くされてまだ半年で子供も二人いらっしゃるとか。ていのよい子守ですわ」
そこは、男爵ご本人を見知っているわけではないので、ルナには返事のしようがない。
それで。問が振り出しに戻る。
「マルグリット様は、なぜ私にそのようなお話しを」
マルグリット嬢は一呼吸おいて、小さくともよく通る声で言った。
「最後にナンシーを兄に会わせてやりたいのです」
今度はルナが驚く番だった。
今、何と。学園の教員宿舎に住んでいるマルグリット嬢の兄オーギュスト――この知識はハリーから――と、メイドのナンシーを会わせたいと。
今日を含み正味五日しかない滞在期間中に。
……無理が過ぎる。マルグリット嬢の気持ちは素晴らしいと思う。ナンシーの立場にも同情する。
それでも事前に聞いていたならともかく、この数日で段取りをして二人を密かに会わせるなど、不可能に思える。
――が、ルナは一昨日「侍女の心得」をレオンから聞いたばかりだ。
「まずは異を唱えない。聞き返さない。出来ないと言わない。出来そうになければ他に出来る人を探す」だ。
そしてハリーに言われた「起こる事をそのまま引き受けて対処しようとする強さがある」と。
レオンはこうも言った「上司に不満を抱かせないよう心がけている」。
考えるうちに俯いていたらしい。顔を上げると、不安気にしているマルグリット嬢が目に入った。いつも堂々としていらっしゃるこの方に、こんなお顔をさせてはいけない。ルナは心を決めた。
「承知致しました。最終日までに何とかお二人が会えるように努力します」
霧が晴れるようにマルグリット嬢の顔が明るさを取り戻した。その顔を見て、やはりお引き受けしてよかったとルナは思う。
「無理なお願いだとは重々承知しておりますわ。でもこの機会を逃したら二度はないのですわ」
さらりと口にされることが、ルナの重圧になると知ってか知らずか。




