表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/600

ルナ時々グレイス所によってハリー・3

「そんなことは、どうだっていい」


 ハリーのいつもより少し低い声が、掠れている。

熱っぽいブラウンの瞳が、グレイスの唇を辿った。


込められた想いが伝わって、背筋がぞくりとする。

危険な香りがする!


「だめよ」

グレイスは腕の長さいっぱいに、ハリーを押し退けた。


「グレイス」

宥めるように名を呼び、グレイスの下唇をハリーの親指がなぞる。


 本当は十二歳なのに、なんてことを。

グレイスは目眩がしそうだ。が、めまいなんて起こしたら、とんでもないことになるに決まっている。

それが何かは、わからないけれど。


「お願い、ハリー。堪えて」

親指から唇に伝わる刺激に耐えきれなくなり、唇からハリーの指先を剥がして、指先にひとつキスをした。


「これで、許して?」

ハリーを見上げると、ハリーは天井をふり仰いで大きく息を吐いた。


「馬鹿なの……? そんなことしたら、逆効果なのに。そこは十二なのか……」


グレイスが畳み掛ける。

「お願い。そろそろ身体を休めないと。明日ルナがかわいそうだわ」


「いいよ。グレイスがまた会ってくれるなら」

ハリーは譲らない。

気がつけば、指は恋人同士のように絡み合わされていた。


ハリーとの間にこんな絆を作ってよいものか。

否、どう考えてもよくない。


「グレイス、答えて。また、会える?」


断り文句を考えるうちに、額に唇を軽く押しあてられた。何てことをするのだろう。抗議しようにも、言葉が出て来ない。


「ボクは、すごく我慢してるんだよグレイス。一言でいいんだ。言って? 『また会いたい』って」


「……言うことが変わってきているわ……。さっきは、会って欲しいだったのに、今はわたくしが会いたいことになっている」


ハリーは、ふふっと笑った。

「バレちゃった?」

「誰だって気がつきますわよ」


 とにかく、絡んだままの指が気になって仕方がない。特殊な能力で何か仕掛けている様子はないけれど、落ち着かないことはこの上もない。


「お願いグレイス。約束してくれないと、ボクはこの腕を解けそうにない」


 絶対に、譲る気はないのだ。これでは埒があかない、と渋々うなずく。

「……熱烈ね。わかったわ。また会うわ」


「いつでも?」


「それはダメ。ルナが本来の精神だもの。わたくしに引き寄せてはいけないわ。……どうしても会いたい時だけにして」


これだけは譲らない。グレイスは瞳に力を込めた。





「他に聞きたいことは? 早く聞かないと時間切れよ」


 無理に話を変えてみる。

実際、聞きたいことがあったらしいハリーは、すぐに切り替えた。


「オスカーの入手した証拠品については、何か知っている?」


それについては、先に話すべきだった。


「いえ。そこは何も覚えていないわ。そもそもオスカーの仕事がなにかも知らなかったもの」


さらに記憶をたどる。


「時々、泊まりで出掛けて帰ってこない日があった。戻ると、オスカーはひどく疲れていて。そんな日は、一日中側から離さなかったわ」

「『圧倒的にミレディが不足している』と言って」


 ルナにとっても、温かく懐かしい記憶だ。

オスカーは本当に大切にしてくれた。思い出して微笑むと、なぜかハリーの顔がしかめられた。


「グレイス。君はボクを妬かせたいの? それとも今度は額じゃなくて、その唇を味わってもいい、と言ってるのかな?」


ここは、不機嫌になるところではなく、微笑ましいシーンなのに、どうして?


「どこからそんな発想になるの……一言もそんなことは言ってないわ……」


 ずっと抱え込まれている腕からどうにか抜け出そうと、グレイスは話しながら身を捩る。


ハリーの力が少し緩んだところで、ほっとしていると、

「ふふっ。そんなことをしても、大した距離は取れないのにね」

からかう甘い声に、グレイスは敗北を悟った。





「おやすみのキスをしても?」


 ハリーがグレイスの髪を一房取り上げ、これ見よがしに唇を寄せる。あまりのことに、くらくらした。

だって、本当は十二歳ですもの。これは……ないわ。


「それは駄目」

きっぱりと断る。


「いつ君にキスできる?」

更に熱心に言いつのる。


「言ったでしょう? わたくしはこの子の別人格。この子は年々わたくしになる。だから、将来、四年先か五年先か……もっと先かはわからないけれど……この子があなたを選べば、この子の唇は、あなたのものよ」


ついため息が出る。

ハリーは、意外に聞き分けが悪いようだ。


「グレイス。ボクが欲しいのは君だよ」

「でも、わたくしはルナで、切り離せないわ。ルナの選ぶ殿方が、私の選ぶ人よ」


ハリーの口角が下がる。

「ひどい事を言うね。君を抱き締める男に向かって」


離さないというように、腕に力が込められる。

これ以上されたら、潰れそうだ。


「ひどいのは、わかっているわ。でもルナは、これから成長していく。そして、あなたも変わって行くわ。先のことなんて、見通せないのよ。わかって、ハリー」


「それでもボクが欲しいのはグレイス、君だ。ルナちゃんがグレイスになるならボクは待つよ。その気持ちを疑わないで。グレイス」



何を言っても、今夜のハリーには無駄だろう。


 

 ルナが十二歳だということも、頭から抜け落ちているに違いない。今夜はここまでだ。



「あなたの気持ちは、少しオスカーに似ていて怖いくらいだわ。あなたの気持ちを疑ったりはしないけれど……。今、ルナに必要なのは、レオンのような真っ当な愛情なのではないかしら……という気がしてきたわ」


 グレイスがしかつめらしい顔を作ってみせると、ハリーは声を上げて笑った。



 ルナが将来、誰の手を取るのかはわからない。

それでもグレイスがグレイスでいられる内は、ルナを助けてくれるハリーの気持ちを無下にはしたくない、と思う。



 口にしたら、恐ろしいことになりそうで、絶対に言えないけれど。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ