セドリックの訪問・2
わざわざ足を運んで頂いて申し訳ないと口にするルナに、セドリックは「何てことない」と言う。
「正式な通達の前に、紙に書いて送るわけにはいかないからね」
「でもどうして」
「どうして僕が知っているのかと言えば、うちに『ルナ・レアード』についての照会があったからだよ」
迷惑がかかったのではないかと、顔色を悪くするルナに「大丈夫」とセドリックは優しい笑顔を見せた。
「最初に君をルナ・レアードにして、コルバン家に遊びに行くヘザーのお守りを押し付けたのは、レアードの祖父とケンドールの伯父だ。君の仕事を増やして申し訳ないとは思っても、君に悪い感情なんてひとつもないよ」
うちは平民になっている親戚もいるし、と続ける。
「ヘザーと一緒にラベンダー祭に行かせて頂いた」とルナは思っていたが、セドリックの中では「ヘザーのお守りにルナを付けて送り出した」となっているらしいのが可笑しい。
「今回だってヘザー本人は『私がマルグリット様の侍女になるわ』と大乗り気だったのに、伯父が父に泣きついたんだ。『ヘザーに任せたらせっかくのコルバン家との縁談まで壊れかねない。この縁談が無くなったら、ヘザーは一生結婚できない』って」
その時を思い出したのか、心底おかしそうに笑う。ルナの滅多に見ることのないセドリックの「ちょっと悪い顔」だ。
「ヘザーはまだお付き合いを始めたばかりで、婚約したわけでもないのにね」
この話を続けると、セドリックがどんどん「黒セドリック」になりそうで。公国の誇る貴公子でいて欲しいルナとしては、好ましくない。
「どうして、はもう一つあります」
話を変えることにした。
「どうして侍女が必要なのでしょう」
どういう訳かその理由までセドリックは知っていた。
「メイドはお連れになるけれど、ベルク嬢の侍女は男爵家の娘で親が国外へ行くことに難色を示したそうだよ」
確かに嫁入り前の娘を隣国と云えども、国外へは出したくないと考える親は、少なくないだろうと思われる。
「それにヘザーは心酔している様子だけど、ベルク嬢は物をはっきり仰る方なんだそうだね。今回参加の他のご令嬢と少し年齢が離れている事もあって、王国側からもその点の『配慮』を要望されたと聞いている」
思い返せば「公国王国子弟交流会」は十二歳から十七・八歳の男子女子が参加するものと聞いていた。マルグリット嬢は確か十九・二十。
大人になれば四・五歳はさしたる年齢差でもないだろうが、この年頃では気になるところだろう。共通の話題がないどころか、世代の違いさえありそうだ。マルグリット嬢が使節団の中で孤立した時の為に侍女が必要なのかも知れない。
その辺りルナは椿館のお姉さんや、年齢不詳のようになっているシスターリリーに慣らされてしまっていて、鈍くなっているのではあるが。
それにしても。
「若君は詳しくご存知なのですね」
詳しすぎるのではとルナは首を傾げた。交流会に参加されるのだろうか。セドリックは十六だ。年齢的にもちょうど当てはまる。
ルナの考えはすぐに否定された。
「見学先に、僕の通っている学園が入っているから。僕は今年クラス委員の学年代表をしていて、見学者の案内役を務めることになっている。そこに君の名が追加されるのを見て、ちょうど試験休みだったし、お祖父様の所に預けたままの植物も気になっていたから、来たんだ」
君もどうぞ、このビスケットはヘザーの好物なんだよと、持ってきたお菓子をルナに勧めてくれる。
この町に来るのに他の理由があったとしても、わざわざ知らせに来てくれたのは、ルナの下準備に時間が必要だと知っての事だ。
以前若君に教えてもらった「準備八割仕上げ二割」を思い出す。
「若君、ありがとうございます」
ルナの唐突なお礼にも、意味の通じたらしいセドリックが笑みを浮かべる。
「どういたしまして。君にはいつもお世話になっているから」
素材集めのことなら、対価は十分過ぎるほど貰っているのに。ルナが口を開く前にセドリックが重ねた。
「またすぐ公都で会える。楽しみにしてるよ」
「はい。私もです」
セドリックと同じようにルナも笑顔を返す。
「ビスケット食べないの? ヘザーは端から一人で食べ尽くしてお土産に持ち帰るほど好きなんだけど」
セドリックが勧めてくれる。考えなくてはいけないことが山ほどある気がするけれど、ビスケットを食べてからでも遅くはないだろう。
「知ってる? ビスケットは行儀悪く噛った方が美味しいんだよ」
言いながらセドリックが噛って見せる。上位階級の方がマナー違反をした時には、倣うのが下の者のあるべき姿だ。
ルナも見習って前歯でカリンと噛る。
「本当。美味しい」
「でしょう。ヘザーがいつも噛ってるのを見て真似てみたんだよ。真似ついでに、これをふたりで全部食べてしまおうか」
悪戯っ気を見せてセドリックがルナを笑わせる。
「ありがとうございます若君」
改めて口にするルナにはセドリックは、にこりと笑った。
「どういたしまして。僕の助手君」




