バラとユリとマグノリア・2
何よりもこの声。
「アラン様!?」
近づいたアランが「持てるか?」とルナに聞く。
「この町で買えばいいと思って来たら、適当な花はもう無くてこんな大きな物になった。かえって迷惑だったな」
ルナにマグノリアを一度渡して、結局アランが手近なベンチの上へ置き直した。
「俺を忘れていなかったか」
「当たり前です」
聞かれたルナは「忘れてなどいません」くすりと笑って、アランを見上げた。
寒さ避けに厚い外套を着ているが、それ以外は八月にラベンダー祭で会ったままのアランだ。吸い込まれそうに美しい蒼い瞳もそのまま。
「そうキラキラした瞳で見つめられると、まぁいいかという気になるな」
ルナの視線を受け止めたアランの口元には微苦笑が浮かんでいる。
何が、まぁいいのだろう。ルナの疑問に思う気持ちを、いつものように読み取ったのだろう。ルナが口を開く前にアランが言葉を重ねた。
「言いたい事は山程あったのだが……仕事は選べ、の一点にしておくか。会うなりそう嬉しそうな顔をされると、小言が言いにくい。お前の作戦勝ちだな」
「仕事は選べ」で理解した。港町の囮役の事を言っているのだ。でもどうして。パトリスは「言わない」と約束してくれた。ならば。
「客」のなかに王国の人がいたはずだけれど、ルナの顔を知っていてそれをアランと結びつける王国人は思い付かない。
―――ひとりいる。椿館の特別客。でもそんな偶然が? あの方の「ご趣味」を思えば、協力者ではなく本当にお客としていてもおかしくはない……ような気がする。
考えを巡らせるうちにルナの表情は変化したのだろう。可笑しそうに眺めるアランと目が合った。
何かしら事が露見する時は、常に自分が原因なのだ。余計なことは言うまいとルナは唇を引き結んだ。
「パトリスが言ったのか、と聞かないのか?」
ルナは深くうなずいた。何か言えばボロが出る。
「それは、お前がパトリスに口止めをすれぱ、パトリスは約束を違えないという信頼か?」
ここは頷かない。アランの探るような眼差しを見れば、「はい」も「いいえ」も示さない方がいいと思われた。
「ルナ?」
呼ばれても答えない。でもこの視線には耐えられない。ルナは、きゅっと目をつぶった。言わないし見ない。
「ルナ」
声が近くなり、宥めるような響きを帯びる。
「お前は何もわかっていないようだが、それでは『どうぞキスして下さい』と言っているようなものだ」
「えっ!?」
驚いて目を開けると、困ったような顔でアランが笑っていた。「まぁ座るか」と言われて、信者用の椅子にふたりで腰かける。
「……またお説教をされるのかと思っていました」
ルナがつい口にすると、アランは「またとは何だ」と苦笑した。
「お前の顔を見るまでは、するつもりだった。お前がきちんと理解できるよう筋道も立てて、実例もあげて」
とても説得力のありそうなお説教を、聞かされるところだったようで。ハリーとアランのお説教は保養地に限ったことではないらしかった。
どうして止める気になったのだろう。思うルナの頭をアランがさらりと撫でた。
「お前には守護者がいるようだし、後から届いた資料と報告書を見ても隙のない作戦で、ルナと友人には危険が及ばないよう細心の注意が払われていた。あれはお忍びの王女様レベルの警護だ。わかっていたか?」
ルナは首を横に振った。自分以外を知らないので比べようもないけれど、レオンは過保護なのかもしれない。シスターリリーも。オスカーは間違いなくルナを甘やかし過ぎていたし。
ロージーのあの行動も、目立ちたがりな性格から来るものか、追加料金欲しさ――実際もらっていた――と思っていたけれど、過保護から来た行動なのかもしれない。
「お前は、どうしてそんなに大切にされている?」
アランが静かに聞く。お前はと言われるが、大切にされているのは私だけだろうか。
「皆、等しく大切にされています。それに此処だけでなく執事長さんもアラン様も同じように私によくして下さいます」
この返答で違うなら、聞き方を変えてくれなければ答えようがない。
ゆっくりと瞬きをしたアランの頬が緩んだ。
「ああ、そうだな。そうだった。俺もバルドーもお前を大切に思っている」
「私もです。私もお二人を大切に思っています。どちらか片方が思うのではなく、双方が思い合えば、お互いがお互いを大切にするのではありませんか」
「教会で聴くに相応しい、いかにも教会らしい文言だな」
ルナの言葉にアランが笑いながら、ちょうど机の上に広がっていたフォーチュンカードに目を移す。出来上がったカードのインクはとっくに乾いている。
「今、出来たばかりです。今日は他に仕事もなかったので」
「花を受け取る以外には、か?」
ルナをアランが冷やかす。
「アラン様ったら」
ここにはシスターの分も友人のロージーの分も届くのだと説明する。
「愛を告げる日」の花の贈り物は、恋人だけでなく家族や友人、今日合うならば場合によっては仕事相手にまで持っていくような幅の広いものなのだ。




