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ルナ時々グレイス所によってハリー・2

「オスカーはメイドとルナと暮らしていた。ルナはメイドを『ママ』と呼んでいたけれど、今思えば、実母だったのどうかは、わからないわ」


ハリーは黙って耳を傾けている。


「まぁ、今は便宜上ママということにしておきましょう。ママは、別の町でオスカーと知り合って、オスカーがレイクサイド荘を借りた時に、住み込みのメイドになったのよ。子連れで」


「小さなルナは外へ出ることがほとんどなかったけど、ママは一人では外出していたことを思うと、ルナの存在は他人に知られたくないものだったのかも知れない」


「オスカーとママより、ルナとオスカーの方が親しく過ごしていたわ。事件の夜、ママはリネン室でアイロンをかけていたはずよ」


ハリーの表情は、変わらない。


「ここからは、推測交じりになってしまうけれど、そう外れていないと思うわ……。異変に気付いたママは、おそらくルナを助けるために、敢えて居間のドアを開けて自分の姿を晒した。そして侵入者を自分に引き付けて戸外へ駆け出したの」


しばしの沈黙が広がった。

ハリーが体の前で組んでいた腕を、組みかえる。


「彼女は、どうなったと?」


ハリーにしては、低い声が問う。

そう。それはグレイスが何度も繰り返し考えたこと。


「生きていないわ、おそらく」

苦いものが込み上げる。


「普通の人だもの。女の足で逃げ切れるとは思えないわ。でも、本当に激しい雨だった。闇に紛れて逃げおおせる可能性も、ない訳じゃないわ。この近くに関してなら、男たちよりママに地の利はあったから」


 何度考えても、最悪の答えにしかならない。

それでも、四歳の幼女の為には、少しでも可能性を残したい。


「ルナも今はまだ思い至らないけれど、わたくしの結論にたどり着くはずよ。だって、わたくしが内にいるんですもの」


ハリーの硬い表情を、眺めるともなく眺める。


「この子にはあの日保護者がいなくなった。それまでの記憶も、生きるためにとオスカーに封じられた。この子にとっては、世界は知らない人ばかりになった」

「親しい人もいない。誰を頼りにしていいかもわからないルナは、自分の中に別人格を作り出したのよ。それがわたくし」


さみしい子には、よくあることよ。

黙りこむハリーに微笑んで見せる。


「ルナも理解しているわ。心のなかに年上のお友達が一人いることは。わたくしは、この子の友人で、お手本で、この子がなるであろう将来の姿なの」


ハリーが、乾いた唇を無意識のように舐めた。

「君に、名前はある?」


ハリーの質問は、意外だった。

「ええ。知りたいの?」


「とても」

ハリーが頷く。


 少し迷ったけれど、精神系の能力持ちに隠し事は難しいと諦める。隠すならば、本気で隙なく隠し通さねばならない。そう、「墓まで持って行く覚悟」で。


呼び名なんて、そこまでのことではない。


「知ってどうするの?……この子は『グレイス』と呼ぶわ」


「君は今後どうなるの?」


 これも思わぬ質問だ。

「私の精神は大人だけれど、この子の成長と共に融合していくわね。ルナはいつか、わたくしを必要としなくなり、わたくしと混ざる」

「そしてこの子は、わたくしという心の中のお友達を忘れるのよ、それは自然なことよ? そう、幼い頃に見えた妖精の存在を忘れるようなもの」


 それは、寂しいことじゃない。

 それが大人になるということだ。





じっとこちらを見ているハリーの視線に、なぜかドキリとする。


「グレイス、君に近づいてもいい?」


 近づく必要はないと思うけれど、近寄る許可を求めるなんてとても紳士的だ。断る理由も、ない。


「ええ、いいわ」


 ハリーの顔に笑みが浮かんだ。

……甘い……かもしれない。でも、なぜ……?


 手の届く距離に立ち、こちらを見おろすハリーの様子に居心地の悪さを感じる。


「グレイス。また会いたい。また呼び出しても?」


「だめよ。この子に負担をかけるわ。だって本来なら今も身体を休めている時間なのに」


 ついハリーから目を逸らしてしまったせいで、肩に手を置かれる。「許していない」と、やんわり押し返そうとするところに、

「グレイス。抱き締めても?」

まったく紳士的じゃない!と、のけ反りそうになる。


「だめ・よ」


 断ったにも拘わらず、ハリーに全身を包み込むように抱き寄せられた。どうしていいのかわからず、カウチの上で、ハリーの胸に顔を押しつける。

取り敢えずこれで顔を見られることは、ない。


「グレイスは何歳なの?」

そのまま、何事もないように質問してくる。


 こちらは、心臓がバクバク音を立てそうなのに。

この大人男子め!

グレイスは、気持ちを逸らそうと、心の中で悪態をついてみる。が、表向きは平静をよそおう。


「二十六よ。ママが二十六だったから。永遠の二十六歳よ」

「ボクと同じ歳だ」

「そうなの? ママは三十四になるはずよ……生きていれば」


「グレイス。君を離したくない」


ハリーに耳元で熱い吐息と共に囁かれて、思わずグレイスは勢いよく顔を上げた。


何を言ってるの!? 会ったばかりのわたくしに。

このままでは、駄目。


「この子は秘密を抱えてる。それがこの子に陰影を与える。男は秘密があると暴きたくなるものなのでしょう? 加えて、この子が身につけている指輪には、執着と呼んでもいい程の思念が染み付いてるわ」

切々と訴える。

「この子には、望まなくても男性が寄ってきてしまうわ。あなたも、そのひとりよ。間違えてはいけないわ」


ハリーは、口を開かない。


「本来のあなたは、とても理性的なはずよ。どうかわかって」

ハリーに訴える。


 友の死の真相に、ようやく一歩近付いた夜に。鍵となる少女と二人きり。

勘違いしてもおかしくはないけど、勘違いよ。


グレイスはそう訴えた。



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