教会の年末
年末に向けて教会は忙しい。今年もそれは変わらない。
例年と変わらず「何とかもう少し手抜きはできないものかしら」とシスターリリーが呟く。
例年と変わらず、と言いたいところだが「もう少し楽にならないものか」が昨年までの言い方だったと、ルナの記憶にある。
……言い方が酷くなっている。
結局昨年と同じようにすると決まり、これもまた年末のお約束で、ルナはつい笑ってしまった。
昨年と違いフォーチュンカード作りは、一人で行った。ロージーの担当していた絵付けは今や木版画で代用している。
その版画を刷る作業は先日、子供の頃からこの手の事が得意だったというレオンがした。
ルナは遠慮したけれど、試してみたら教会の誰よりレオンが色ムラの無い刷り上がりだったのだ。これは頼むしかない。
昨年はルナがハリーに蜂蜜キャンディーをねだったせいで、子供扱いするなと怒ったロージーが怖くてドキドキして過ごしたが、今年はちゃっかり公都でハリーにロージー自ら欲しい物をねだっていた。
さらにハリーに渡そうとしていた「欲しい物リスト」はルナが取り上げて、事なきを得た。
ハリーから届いたのは玄人が舞台化粧に使いそうな化粧道具一式。添えられたカードには「未来の公国一の踊り子へ。支持者より」と書かれていて、ロージーを小躍りさせた。
レオンは先日の一件で実家へは何度も顔を出しているし、何泊もすれば親戚中の酒の肴にされるから、今年は帰らないと決めて、教会の仕事を日々手伝っている。
シスターリリーは「ルナを貸し出している間、私がそれはもう大変だったのだから、してもらっていい」と平然としたものだ。
ハリーからルナへは、年末の贈り物として香水が届いた。シスターリリーが香りを確かめて、何とも表現のし難い顔をする。
「ルナはハリーが好きなの?」
シスターが唐突なのは、最近よくある事だ。
「好きです」
ルナは即答した。
「……レオンは?」
「好きです」
「ロージーは?」
「好きです」
「……私のことは?」
「大好きです」
「大好き」に力を込めた。ところでこれは何の遊びなのだろう、と思うルナにシスターが考える風に口にした。
「ハリーへの好きが、他の人とはちょっと違うなって事もないのね?」
重ねて聞かれて、考えても違いは思いつかない。
「よくわかりませんけど、ハリーさんの好きとレオン様の好きは同じです」
シスターが納得顔で頷いた。
「香水はね、恋人同士が同じ香りをつけたり贈りあったりすることがあるの」
口を挟もうとするルナへ、シスターは分かっている、と笑みを浮かべた。
「もちろん全部がそうじゃないわ。私なんて若い頃、自分が調合した香りを贈った事があるわ。それが親密な行為だとは少しも知らずに。でも相手は、私が知らないと分かったから受け取って使ってくれたわ。妙な深読みも忠告も無しに自然にね」
シスターの目に懐かしむような気配がにじむ。
「この香水は、私にもルナと同じ物をくれているし、ハリーの商会で扱うものだから深く考えなくてもいいと思うけれど、毎日こればかりつけては周囲に誤解を与えるわ。そこだけ気をつけてね」
ルナが驚き「知りませんでした」と告げると、そうでしょうね、とシスターは苦笑した。
「そういうのは、女の子同士のおしゃべりで覚えていくものなのだけど、教会ではねぇ」
シスターはどこで覚えたのだろう。
「私は学院に通ったから、そこで世間の一般常識を知ったのよ。今思えば片寄った風変わりな子だったけれど、周囲に理解があって面白がってくれたから、良かったわ」
そう言えば、椿館のお姉さん方はどうなのだろう、という質問にもシスターが答えた。
「椿館のレベルなら香水は商売道具のひとつね。自分の香りもあるけれど、お客に贈られた香りがあれば贈ってくれた相手に会う時には、それをつけるのよ。でないと、その方が帰宅した時に万が一奥方に会いでもしたら、不快に思われるかもしれないでしょう?」
メイドをしていると仕事柄、人のお宅に入る事がある。貴族や富裕層は、基本的に御主人と奥様の寝室は別だ。隣り合わせの事もあれば、離れていることもある。敷地の広い邸宅では、別棟ということも多い。
夜半に帰宅して会うことは、そうも無いだろうが、廊下にぷんぷんと甘ったるい香りが漂えば、良い気はしないだろう。
「私もひとつルナに香水を贈ろうかしら。あなたもお年頃ですもの。自分の香りを持っていてもいい頃よね」
自分の香りと聞いて、何かひっかかるような気がしたけれど、ルナのなかで形にはならなかった。
「私、この方が得意なのよ。異能なんかよりよっぽどね」
まさか作ろうと言うのだろうか。ルナは目を丸くした。悪戯っぽく口にするシスターは、もはや三十歳過ぎにしか見えない。五十代の設定がどこかへ行ってしまっている。
「楽しみにしています」
初めての自分の香りが待ち遠しい。ワクワクするルナに、シスターは「ハリーの商会には負けないわ」と宣言し、さらにルナを笑わせた。




