専門外のお仕事ー退屈する男
桟橋に渡された踏み台が片付けられた。甲板に重いものが当たる音が聴こえる。
今回は王国まで、真っ直ぐに帰ることが出来る。
アランは一仕事終えた気分になり、心の内でひとつ息を吐いた。
これが陸路ならば「ここに寄るか。あそこはどうだ」と幾つも提案をして、少しでも帰宅を伸ばそうとする殿下を、多少の我が儘を聞きつつ宥めて連れ帰らねばならない。
その点海路は寄る所もなくていい。出航した王国の港からここまで、途中どこに寄っても似たような田舎の港町しかないのだから。
離れ始めた桟橋を眺めるアランに、殿下の声がかかった。
「お前は行かなくていいのか? しばらくぶりの再会だというのに」
目の前に置かれたコーヒーカップに手を伸ばし、ユーグ殿下が気遣わしげにアランを見ている。
どこか芝居がかっているのはわざとだろう。アランはそれと分からぬように警戒感を強めた。殿下がこの顔をしている時には、良い事はない。基本的に殿下と居て良い事など無いのだが。
―――パトリスの事か? パトリスならば公国での後処理が済めばどうせ戻って来る。今すぐ話す必要はない。いつもパトリスに会っていたいというほど、べったりと仲がいいという訳でもない。
「いえ。特段用はございませんので。競りはいかがでしたか?」
主のしたいであろう話に変えた。案の定、ユーグ殿下から笑みが溢れた。
「聞きたいか?」
勿体をつける。別に聞きたくはないが、自分が話すより聴く方がまだいい。どのみち殿下は話したくて堪らないのだから。
「はい、ぜひ」
アランは整った笑顔を見せた。
国を出る時には、競りに参加するつもりはなかった。国にいても退屈していたし、海軍は伝統的に王弟である自分が統率権を持っている。名ばかりとはいえ無理が通りやすい。
たまには船旅もよかろう。と、軍とは別に王家の所有する船を出して同行することにした。着いてみたら当然ながら、何もない田舎の港などすることもない。またすぐに飽きた。
ふと、せっかく来たのだから滅多にない機会だ、捕り物を特等席で見物しようと思い立った。
どうとでもするだろうとアランに「競りに行く」と告げた。渋っていたアランだが結局いつものように折れ、招待券を手に入れて来た。
「どうせ何時もなんとかするのだ、最初から素直に頷けばいいものを」と思わなくもないが、それはそれでつまらないのかもしれない。
小さく簡素な別荘らしき建物に着くと、競りはすぐに始まるでもなく、軽食が並び男ばかりではあるがティーパーティーのような持て成しを受けた。
出された食物に手をつける事を供は嫌ったが、こちらが何者かを相手が知っているわけでもない。しかもこの後「競り」に参加し金を落とす客だ。滅多なこともあるまいと手をつけた。
素性を明かしたくない者は他にもいると見え、黒眼鏡で眼の色を隠した者が自分以外にひとり、明らかに不自然な髪の男が数人いた。
妙に和やかな時間が過ぎ、普段は接点のない平民の小金持ちの話をそれなりに面白く聞いていると「そろそろですな」誰かが呟いた一言が、さざ波のようにそれまでの空気を変えていった。
設えられた女が立つであろう台の近くに、気負って陣取る者。全身を眺めようというのか少し離れて窓際に立つもの、とる姿勢も態度も様々だ。
「いかがなさいますか」
供に問われ、ぽっかりと空いた部屋の中ほどのテーブルに着いた。
若い女が入口から「お披露目」のように一人ずつ姿を現し、先導した男に促されて壁際に立ち並ぶ。
皆与えられた物らしき同じ簡素なワンピースを着ているが、それぞれに背丈も肉付きも違う。同じ服を着用したせいで違いがより鮮明になる。なかなか面白い趣向だと思った。
「全部で何人いるのだ?」
続く登場に少し飽きて、知るはずもない供に声を掛けた時に部屋の空気が変わった。思わず入り口に目をやる。
今までの女と全く毛色の違うモノが紛れ込んでいる。まずそう思った。
それまで続いた、どこか照れを感じさせる怯えた風情の女とは違い堂々と顔を上げ、品定めする男達を逆に品定めしている異国の血を感じさせる娘。
ゆっくりと確かめるように全員の顔を見渡し、一瞬こちらへと視線が戻った。その口元に微かに笑みを認めた気がして再び見やると、笑ったことなど無いように平然としていた。
「あれは、確か」
思い出す前に次の女が入り口に立った。どうやらこれで最後らしい。今さっきとはまた違う気配がうまれた。
多少の興味を持って女を眺める。
細く白い腕。長く美しい首。ひとり前の娘のような堂々たる身体つきではないが、心細げに自分で自分の腕を抱くようにする様は、一種軽い嗜虐心とでも云うものか男心をそそる。
「思い出した」
声に出ていたらしい。供がこちらに顔を向けた。




