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専門外のお仕事ー気儘な男

 港に着いた馬車から降りた男性は、桟橋を歩きながらかけていた黒の色眼鏡を外し、無造作に胸ポケットへ差した。


 手に持っていた銀の持ち手付きのステッキを、後ろも見ずに投げ渡す。付いて歩く青年が危なげなく受け取る様子も見ずに、今度は頭に手をやった。


 黒髪が帽子のようにスッポリと外れ、そのまま空中に高々と投げ上げられる。大きく逸れて海へと落ちそうになるのを、これもまた後ろを歩いていた青年が、すんでに受け止めた。


 すっかり身軽になったと云わんばかりに、黒髪の下から現れた金髪に指を通し、鏡も無しに適当に形を整えると、男性は桟橋に横付けされていた美しい白い船にかけられた踏み台を軽い足取りで上がった。


後ろから、黒髪とステッキを抱えた青年が続く。


 この桟橋には一艘しか船は無いが、他の桟橋には何隻か係留されており、さらに離れた所商船の着く桟橋には大きく頑丈そうな船が見えた。沖にも一隻、同型の船が浮かんでいる。


 今日は至るところで、屈強な男性が簡素な服装で動き回っている。日差しから髪を守るように揃いの布を頭に巻いていた。特徴のある青。いわゆる「王国の青」だ。


港の封鎖と不審船の内部改め、事情聴取は王国側が担っている。視界に入る体格の良い彼らは王国軍人だ。


 「軍服など着て地域住民に無駄な不安を与える事のないようにご配慮頂けると有難い」との、公国側の申し入れに応え、全員が船乗りの格好で作戦を遂行していた。



「戻ったぞ」


 遠眼鏡を片手に離れた場所にある「商船」と、手の動きで何やらやり取りしていた男性が、振り返った。こちらは船員風ではなく、風避けマントを身につけている。


「その様子では、無事に片付いたようですね」


振り返ったのはアランだった。王国伯爵家の長子アラン・コルバン。


「うむ。なかなかに面白い趣向ではあったな。やはり出掛けて良かった」


 満足げに頷く男性は金髪に紫眼。椿館で「特別客」と呼ばれた中年紳士その人だ。


「それはそれは。私も無理をしたかいがありましたよ」


アランの嫌味っぽく歪んだ口元など気にもせずに、紳士は何か思い出したのか愉しげだ。



 豪華な船内の白い革張りのソファーに脚を組み、アランを見上げる中年紳士の名はユーグ・ベルナール王弟殿下。王国を治めるベルナール家の直系、現国王の弟君である。通り名は「王国一の遊び人」


全くもって不名誉なこの呼び名を、本人はいたく気に入っているのだから始末が悪い。


 年の離れたアランをここ数年遊び相手として連れ回すので、アランにまで遊び人の印象が浸透しつつある。


 今回調べ始めたのも「薄幸美人の救済」という王弟殿下の趣味が、微妙に最近噂の「人さらい」に似ており、それを嫌った殿下の「何とかしろ」の一言が発端だった。


 ではそのご趣味の方をお控えになっては如何か、とアランを含め他の者も言いたいところではあるが、面と向かって本人に意見出来るはずもなく。人さらい組織の壊滅に動いたのだった。


 王弟殿下の一声が二国合同作戦となり、多人数を動員する恐ろしく大きな規模となった。


 戦力過多の感は否めないが、それは王弟殿下が「私も公国へ行こう」などと言い出した為だ。


 殿下がいなければ商船に偽装した軍艦は一隻で良かったし、今乗っている王家所有の小型船も出さずに済み、何よりアランもこんな田舎の港まで来なくて済んだ。



 そして港町まで来るだけだったはずの殿下は、着いて早々、自分も競りが見たいと言い出した。


相手側に正体を知られずに競りに参加するには、様々な情報が不足している。


 言葉を尽くして発言を撤回させようとするアランに、主は「そこはお前のする事で、私の知ったことではない」と言い放ち、その場にいた全員を諦めさせた。


 仕方なく危険を承知で何とかパトリスと接触し、客の名を数人聞き出し、半ば賭けのように船に押し入り――運良く思う相手の船だったから良かったようなものの――招待状を手に入れた。


 「客」を多少威圧しながら「穏便に」話を聞いたところ、初めての参加で組織との面識もなく、ただその招待状があれば男二人が当日会場に入れると分かった。



「お前も行くか」と機嫌良く王弟殿下はアランを誘ったが、内部にはパトリスがいる。何気ない行動が、パトリスや公国側の妨げになってはいけない。アランは同行を辞退した。


 会場は公国軍に見張られているも同然だ。ある意味これ以上安全な場所もない。気掛かりは「突入」の後、殿下が速やかに離脱出来るかどうかだが、カツラを取り色眼鏡を外せば、王家の特徴そのものの金髪紫眼だ。


止められても相手が面食らっているうちに、堂々と表玄関から出られるだろう。


 お供についていく一見優男風の青年は、剣術と体術において趣味の域を越える腕前の持ち主。万が一の事があっても、多少の荒事ならばパトリスとふたりで切り抜けるだろうと思われた。


予定通り殿下は服の乱れもなく船に戻った。何時出てもいいように出航の準備は済んでいる。


 お忍びというほど忍んでもいないのだ。捕り物が一段落して、公国側に表敬訪問でもされたら面倒だ。


アランは船長に「すぐに船を出せ」と命じた。



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