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ルナ時々グレイス所によってハリー・1

焚き火。枯れ木のはぜる音がする。


ルナが目を覚ました。

まとう雰囲気は、ルナとは異質のものだが。ルナだ。


ぐるりと頭をめぐらせると、辺りは日が落ちて暗く、自分は厚い敷物の上で寝ていたのだと知った。


 そのまま少し遠くに目をやると、黒髪の男性が目に入った。木箱に凭れて座り、毛布をかけて眠っている。火に照らされて陰影がつき、絵画的な美しさだった。

寝ていても隙のない正統派美男子レオン。

ライオネル・ターナー。



……もうひとり、いるはず……

焚き火を挟んで、レオンの向かい側に焦げ茶色の髪の男性が見える。


……ああ、彼がハリーね……

ヘンリー・ビクター・リンデン。起きている時は底抜けに明るく見えるのに、目を閉じているとその顔は憂いを帯びて見える。


……見える部分が全てではない方なのね…

目元に苦悩が滲むようで、思わず寄ってこっそりとハリーの目元に手を当ててみた。


……先ほどは、わたくしを温めてくださったでしょう? 少しだけお返しね……

口にはださずに呟いて手を離すと、心持ち険が取れたような気がする。



 少女はそのまま音をたてないように立ち上がり、二・三歩、ハリーから離れた。二人が目を覚ます気配はない。小枝を踏んで音を立てないように気を付けなくては。


今夜の月明かりは、足元を照らすには充分で、踏み石もしっかり見える。


カーテンは昼間に開けたままになっているので、室内もさほど苦もなく歩けるに違いないと、少女は、こっそりと邸宅へと向かった。




 重そうな扉は、案外軽く開いた。

入ってすぐの所にある大きな鏡で姿を確認する。


昼間、一つにまとめていた髪は、ほどいている。

背中に届く長さの髪が、ふわりと顔まわりを彩っているせいもあり、普段よりさらに大人びて見える。


……オスカー、わたくし随分大人になってしまったわ……

扉も。あの頃は重くて一人では開けられなかったのに。大きくなった。ひとり大きくなってしまった。



 室内は明るく不思議に思うと、所々に置きランプがあった。ジャクソン商会の扱う輸入品だ。

ここへ来るのに乗ってきた馬車は、ジャクソン商会のものだった。このランプも積まれていたか借りてきたかしたのだろう。


 真鍮の手すりを握り、階段を踏みしめるようにして上る。上下に一つずつ置かれている灯りで、上がるのに困らない。



それなりに手入れされていて、埃もさほどない。



少女は迷うことなく、ひとつのドアに手を掛け、押した。見覚えのある室内。そっとマントルピースの上を撫でる。


壁掛けの絵と家具には埃避けの白い布が掛けてある。机の白布を取り払い、そっと足元に落とした。


……オスカーが書き物をしていた姿がよみがえるよう……

ここにはインク壷があって、抱っこをせがむと、倒してはいけないと片づけてから、膝の上に乗せてくれた。



 またひとつ布を、剥がす。

あったのは、うぐいす色の布張りの寝椅子。

月明かりに照らされたカウチは、あの夜よりはっきりと見える。毎晩、膝の上で絵本を読んでもらったカウチ。


所々に飛ぶ暗い色の染みは、あの夜まではなかったものだ。

浅く腰かけて、染みを指先で辿る。

オスカーの血だと思えば、それすらも愛しい。


「オスカー、戻ってきたわ」


その染みに口づけようと身体を倒しかけて、身を起こした。誰かいる。

そのままの勢いで入り口に目をやる。



知らぬ間に、ドアに凭れてハリーが立っていた。


「起きたんだね」


もたれた姿勢を変えずにハリーが、声をかけてくる。


「ええ。あなたが気がつく前に戻るつもりだったのだけれど……」


言いながら、少女には似つかわしくない苦笑が漏れる。思ったよりも早くに見つかってしまった。


「いつ、目が覚めたの?」

「君がボクの目元に触れた時」


 それでは、ほぼ、起きたときから気付かれていたということだ。なんてこと!それならば、あんなにこそこそする必要はなかった。

どういうわけか、少し悔しい。


「そんなに早くから? 今までどうしていたの?」

「君にはしたいことがあるんだろうと、少し時間を置いてから来た」


静かにハリーが応える。

素晴らしい配慮だ。


「そうね。お心遣いに感謝するわ。わたくしが夜に動き出すだろうと、玄関の鍵をかけずに、階段に灯りも置いてくださった。当たり?……なにも聞かないのね?」


「いや。聞きたくて仕方ない。でも、同じくらいどこから聞いていいのかもわからないんだ」

困ったようにハリーの眉が下がる。


「わたくしには、気がついたのでしょう? 昼間、ルナの手を取ったときに」



月明かりを受けて、ハリーの手入れのよい焦げ茶色の髪は、髪自体がキラキラと発光しているように見える。


逆にこちらは、月を背にして影になっているだろう。


ハリーの瞳が、射るように少女を見つめた。

「うん。それで、呼んでみたんだよ。出ておいでって」


「そう。信じて待つというあなたに、わたくしも表に出る気になった」


ハリーの誠実な様子に向き合う気になった。

背筋を伸ばして座り直す。


「わたくしに聞きたいことがあるのでしょう? ヘンリー・ビクター・リンデン様。だから、追いかけてきたのでしょう?」


「ああ。あの夜のことだけど、今日のルナちゃんは、はっきりと目覚めなかった。このまま思い出せない事が多いかもしれない。君なら、教えてくれるんじゃないかと」


ハリーが、一言ずつ区切りながら、言葉を選ぶ。


「ええ。ルナの記憶は共有してるから、わたくしでわかることは、お答えするわ」


昼間のルナの様子を思い出しながら、快諾した。




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