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専門外のお仕事ー主役を張る娘

 ロージーに値がついた。

競って競って、ひとり前の少女の倍の値がついた。競り落とした男性に向けて、今日初めてまばらな拍手が起こったが、その値が安いのか高いのかルナには判断がつきかねた。


 ロージーの競りで室内の空気が変わったことを、ルナは肌で感じた。時刻的にはそろそろ突入の頃合いだと思われるが、それまで引き伸ばす事が出来るだろうか。と言うより、するしかない。


 何しろ自分の後には女の子は誰もいないのだ。決意して伏せていた瞳に力を込め顔を上げると、窓の外を眺めるロージーに気づいた。その視線の先にはパトリス。パトリスの唇はロージーに「任せた」と告げたように見える。


 私ではなく? ルナが疑問に思ったところで、ロージーが台から降ろそうとする司会役の手を振り払い、声をあげた。


「安すぎるわ。納得できない。やり直して」


 この上なく高慢に言い放ち、立たされていた台の縁に腰掛けた。そしてスカートの内が見えるほど大きく脚を振り上げて組む。


客の座る位置によっては、スカートのかなり奥まで見えたのだろう。一部の客がどよめいた。


 ああ、これは完全にロージーの舞台になった、とルナは思う。以前に椿館で「そんな肌の隠れない服で恥ずかしくはないの?」と聞くルナに、胸もこぼれそうな衣装のロージーは言ったのだ。「舞台の上なら何も着ていなくても気にならないわ」と。


 もう自分がすることはきっと何もない。この部屋の全てはここからロージーのものだ。


「これ、私が生娘じゃないと思って付けた値段よね?」


客のひとりひとりをロージーの視線が渡っていく。


「私、初物なの。生娘なの。え~っと、他に言い方あったかしら。これで分からない? あと未通娘(おぼこ)だっけ?」


 言いながらルナに確認してくる。

……違うロージー。皆の反応が薄いのは、あなたの言動に呆気に取られているだけで言葉がわからない訳じゃない。そう言いたいけれど、こんな離れた所から叫んでいいものか。


「とにかく。つまんない男にタダでくれてやる気が無かったから、未経験なの」


 踊る時と同じ笑みを浮かべたロージーは、片足を伸ばし空中に高々と上げた。スカートごと手で膝を抱えているから、膝から上太ももは人目にさらされてはいない。


「ご覧の通り体も柔らかいわ。仕込みがいがあると思うんだけど? ―――色々と」


 これ以上ないほど、にんまりと笑ってロージーが脚を下ろす。誰もが固唾を飲んだように黙りこむなか、客のひとりがステッキを真っ直ぐ天井へ向けて掲げた。隣に座るお供らしき男が声を上げる。


「先程の値に金貨二枚を追加!」


 それを切っ掛けに、再度競りが始まった。司会役も止める必要はないと判断したらしい。


「それに金貨二枚追加だ」

同じ言葉が違う声で繰り返される。


 これはどう収拾がつくのだろう。唖然とするルナに、ロージーが「どうよ?」と自慢気な顔をした。誉めて欲しいらしい。


 ロージーはお金と、見目の良い男性だけではなく、称賛される事も大好きなのだ。ロージーに向けてルナは「さすがロージー」と小さな拍手を送った。


 ロージーの値はなかなか付かない。皆そこまでの余裕はないらしく、少額ずつしか上乗せされないからだ。誰かが金貨を二枚足すと、次は必ずステッキが上がる。最初に金貨を二枚追加した客が、隣の男性に言わせるのだ「金貨を二枚追加」と。







 窓の外で、いきなりけたたましい笛の音が響いた。合わせて「わっ」と大声があがる。

一拍遅れて客が一斉に立ち上がった。


「そのままで! 動かないで下さい! 妙な動きをすれば直ぐに拘束します」


軍服というよりは、レオンの普段着に近い服装の男性が部屋の入口から声を張り上げた。


「公国外の方もいらっしゃると思います。お話さえ伺えば、長く留め置くことはありません。ご協力を願いたい」


 別の男性が同じ事を数ヵ国で繰り返しているようだ。


 ルナも先に聞かされている。組織を摘発し女の子を家に戻す事が目的で、客を咎める事は難しい。条約の締結されている国ならまだしも、何の取り決めもない他国人が客にいても問題になる。


 女の子達が「自分の意思で同意の上だ」と言い出したら終いだし、この競りも「人身売買」などではなく「余興」だと言い張られれば、また展開は違ってくる。


 ロージーが煽ったことで、益々ショー化してしまっているし……確かに時間稼ぎは出来たけれど、これで良かったのだろうか。ルナは心配になってくる。


 ルナとロージーはきちんと証言をする約束でこの仕事を受けている。組織の摘発だけは出来るはずだ。後は知ったことではない。今日の感じを見ていれば、ほとぼりが冷めればまた、似たような事件は起こるのだろうと思われた。



「ロージー」

呼び掛けると、騒然とした中でもルナの声は届いたらしい。ロージーはまだ座っていた台から降りて、スタスタと壁際まで戻ってきた。


「私パトリスさんにお礼を言ってくるわ。ロージーは女の子達をお願い」


 客達も今更騒いでも仕方がないと諦めたか、そう悪いことにはならないと理解したか落ち着いており、出歩いても危なくはなさそうだと判断して、ルナはそう伝えた。


「承知。もう保護されてるかもしれないけど、様子を見てくるわ。女は女同士の方がいいだろうし、上手く話せば、証言をする気になってくれるかもしれないしね」


ロージーは、即座に頷いてその先の見通しまで立てる。上乗せを要求するかもしれないけれど。


 さすがロージー話が早い。またここで落ち合おうと決めて、二人は左右に別れた。



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