専門外のお仕事ー作戦遂行・4
パトリスは、さらりと答えた。
「薬で眠らせて、長旅用の大きなトランクで運ぶんですよ。競り落とされたと思ったら、次に目覚めるのは見知らぬ土地の知らない屋敷。どんな女性でもおとなしくなるでしょう?」
「そのトランク重そうね」
ルナより早くロージーがのんきに感想を述べる。自分がトランクに詰められる事はない、と知っているからこその余裕だろう。
「さすがにトランクに入りたいとは思わないけど、入るならそこも上乗せでもらわないと」
冗談に聞こえるが、ロージーはもちろん本気だ。
「パトリスさん、そうなったらお口添えくださる?」
ロージーの口を塞ごうとするルナを笑顔で制したパトリスが頷く。
「そうはならないけど、口添えは約束する」
なんだかごめんなさい。ルナが呟く。ロージーの止め方がわからない。
「これ位の方が、俺としては安心できますよ。怯えて過ごされるよりずっといい」
そう言ってくれるパトリスに、ルナは話題を変えた。
「計画は順調なのですか」
「はい」とパトリスが続ける。
「もう主たる道も港にも人が配置されています。あとは明日の現場を押さえるだけ。今夜は部屋の外で俺が番をするので、安心して眠ってください」
なんとお礼を言っていいのか、と感謝の眼差しを向けるルナに、パトリスがおどけて見せる。
「こんなに頼りにしてもらえるなら、半年以上も悪党として過ごしたかいがありましたよ」
「明日からしばらくは、聴取だの何だので気を遣う事ばかりでしょう。今夜が一番ゆっくり出来るくらいで。眠れそう?」
私はすぐには寝付けそうにないけれど、ロージーは……と見ると、既に半分目は閉じていて欠伸をしている。今日は一日働きづめだったのだ。無理もないがそれにしても。
「これは、大物だ」
ルナの言いたい事をパトリスが代弁してくれた。
「ほんとうにもう、すみません」ルナが謝る。
「いやいや。あなたが囮で、彼女が付き添いだと思っていたけど、彼女が囮であなたが目付役のようだ」
その見方が合っているのか、今度レオンに聞いてみたいと思う。
「ベッドに座りませんか」とパトリスが誘い、ルナを座らせ自分は向かいの床へ座る。
この部屋にはイスも机もない。あるのはベッド四台のみで、使用人が寝るだけの部屋であることが分かる。既にロージーは木枠むき出しの寝台に横になろうとしていた。ルナが改めて感心するほど、神経が太い。
「まだ眠くないのなら、少し話しましょうか」
パトリスの提案はルナにとっては願ってもないけれど。
「でも大丈夫ですか? あまり長くご不在では、他の人に不審に思われるのでは?」
ルナの心配にパトリスは低く笑った。
「ここまで順調に来て、今夜何かあるなんて奴らは少しも思いませんよ。普段からフラフラしてる男だと思われてるので、俺の姿が無くても気に止める奴はいない。『金さえ貰えれば仕事はきっちりこなす』という実績は作ったから」
パトリスの発言は、どこか説得力がある。
「悪党として仕事をするのでも、それなりに信頼されないと仕事が回ってこないと学びました。この半年でどこででも生きて行ける自信がついたかな。コルバン家を追い出されてもやって行けそうだ」
不穏な事を軽々しく口にするのは、ルナの気を少しでも逸らそうというのだろう。表に出さないようにと気をつけていたルナの不安な気持ちは、どうやら分かりやすく滲んでいたらしい。
パトリスが手のひらを上向けて、何かを乗せろというようにルナに向かって伸ばした。
意味が分からず、手の平を見つめていると「手を」と言われて、ルナは自分の手をのせた。パトリスの指がルナの指先を握る。
「とても冷たい。緊張しているのでしょうね」
「普段から、人よりは冷たいのだと思います」
冬に年少の子供達の体を拭いてやろうとすると、みなルナから逃げてロージーの元へと駆け寄った。ルナの手はいつも冷たく、ロージーの手はいつも温かい。
手の冷たい人は心が温かいというが、そこには何の関連性もない。というのがルナの見立てである。
「貴婦人のようだ」
王国の貴婦人は手がひんやりとしているほど良いとされるのだ、とルナも知識としては知っている。
ポケットに入れて持ち歩ける「手を冷やす為の石」なるものまであるという。舞踏会の前などわざわざ手を冷やすと聞けば、その努力に脱帽したくなる。
パトリスにしげしげと眺められて恥ずかしくなり、引こうとすると指を絡められた。気をつけてはいるが働く手だ。貴婦人のように柔らかくはないし、眺めても美しくもないと思うのに。
「せっかく会えたのだし、俺の熱があなたに移ればいい――顔は温かそうになりましたよ」
赤らんだ頬をからかわれる。赤くしようとして絶対にわざと言っている。本当に人が悪い。
「明日の流れを説明しましょうか。分かっていれば不安も少ないだろうから」
パトリスがすっと真顔になる。気遣いはありがたい。有難いけれど、指から伝わる熱が気になって会話に集中できない。
ご配慮いただけるなら、まずはこちらから何とか……絡められた指から視線を外せずにいるルナをパトリスが笑う。
「本当ならラベンダー祭でこうして手を繋いで歩きたかったのですが。殺風景な屋根裏もあなたがいれば、俺には何の不足もない」
王国男子健在。ルナの肩からまた、良い具合に力が抜けた。




